新・泉屋博古館名品選

 

2022年3月、六本木一丁目の泉屋博古館東京(旧名 泉屋博古館分館)がリニューアルオープンしました。

おそらくこの機会にあわせたのでしょう。
京都の出版社、青幻舎から『泉屋博古館 名品選99』(以下『名品選99』)が刊行され、店頭に並んでいます。

買ってみました。

 

すでに泉屋博古館は『泉屋博古館名品選』(以下『旧図録』)を2002年に出版しています。

制作は美術系出版物で定評のある京都の便利堂。
発行は泉屋博古館本体です。
一般書籍とは違い、原則美術館の中でのみの販売だったと記憶しています。
中国青銅器から書画、茶道具、和洋絵画に及ぶ多彩な作品の中から166点がセレクションされています。
ちなみに、泉屋博古館館内には各分野に特化した専門図録も用意されていて、最近『茶道具』版が刊行されたばかりです。

 

他方、『旧図録』から20年を経て制作された『名品選99』の発行元は青幻舎。
泉屋博古館自体は編集としての役回りにとどまっています。

新しい公式ガイドブックとして幅広い層への訴求を意識し、一般書店での扱いも可能とした発刊形態。
文体も硬軟織り混ぜていて、学術的な記載はやや抑え気味です。

ほぼ全編カラー、260ページを超えるボリュームで2000円(税別)。
比較的お買い得な価格設定になっていますから、館内で販売する「図録」としての役割も十分意識されているとみられます。

 

『旧図録』はA4サイズでした。
典型的な美術展図録の体裁を取っていて、各作品の全景を隈なく収めつつ、やや学術系に寄った説明文が付けられています。

色味もフラットで、極力余計な味付けをせず、客観性を重視した方針が貫徹されている印象。
便利堂の手堅い仕事が光る一冊です。

 

一方、新しいA5版の『名品選99』は『旧図録』とは真逆の編集方針がとられています。

撮影された各作品は大胆にトリミングされていて、全体像を収めた写真は限定的。

背景にはさまざまな景色が組み合わされ、撮影場所や照明にもかなりこだわった演出が施されています。

極端にズームで撮られている場合もあれば、あえて距離をとっているため闇に沈んでよく見えない作品もあります。

例えば住友春翠が愛玩したという仁清作の「白鶴香合」は、実物は非常に小さい作品ですが、写真では鶴の首から上が鮮やかな緑を背景に接写され、香合というより彫像作品のように見えます。

逆に沈南蘋の名作「雪中兎遊図」では、巨大な画面から兎が戯れる部分のみをトリミングしていて、作品の巨大さが隠されています。

国宝「秋野牧牛図」は掛け軸のまま薄暗い床の間のような場所にかけられ、渋い表具の色合いを含め、陰翳の美を優先させた撮影術。

実際に館内で展示されている情景はさほど意識されず、カメラマンの主観がやや優勢な写真が多いように感じます。

 

撮影は京都新聞などで活躍している田口葉子と、高細密な古美術写真で実績を上げている深井純が主に担当しています。

前者は陰影深い照明術などを駆使して作品の背景を演出し、詩情性ゆたかに作品の美質を切り取っています。
対照的に後者は背景を取り除き、作品自体の細部を徹底的に写し取る姿勢で古鏡などの表情を精密に捉える手法。

 

特に面白いのが、大阪の一茶庵協力のもとに撮られた煎茶道具や文房具などの文人文物(第二章)。

接写が中心の他章とは違い、この章では書斎全体を捉えながら春翠が集めた名品たちが実際の役割を得つつ写されていて、今まで見たことがない、作品本来の味わいが伝わってくるようです。

 

ただ、京都の本館でも東京の分館でも、このように作品が陳列されることはあり得ないわけですから、「図録」としては嘘をついていることにもなります。

大胆に作品の美味しいところを切り取った撮影方法も、書籍としての面白さはありますが、ちょっとバイアスをかけすぎているのではないかとも感じます。

 

しかし、冒頭、作品1として写されている青銅器に表された人物の表情などは、今までにない存在感を見せていて、新しい鑑賞の視点を提示してくれてもいます。

『旧図録』の客観性か、『名品選99』の主観性か。

どちらも素晴らしいので両方とも手元に置いて楽しんじゃうのがよろしいかと思います。

 

『名品選99』には5本のコラムが掲載されています。

染織家の森口邦彦、日本画家の土屋禮一、名誉館長の小南一郎、一茶庵の佃一輝に加え、彬子女王が寄稿。
かなり豪華な執筆陣です。

中でも森口邦彦の一文が印象的でした。
彼の友禅を特徴づけている幾何学文様。
森口はこの文様について、住友コレクションの青銅器に影響を受けたことを記しています。
まだ鹿ケ谷の本館が出来る前、「銅器庫」とよばれていた中で観たのだそうです。
現在の陳列でも圧倒的迫力を放つ商周青銅器が、おそらく剥き出しのままひしめいていたとみられるかつての「銅器庫」。
想像するだけでその美しさに強い畏怖を感じてしまいそうになります。

住友コレクションの新しい見方を示唆してくれる新しい公式ガイドブックです。

 

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