木島櫻谷 ー 究めて魅せた『おうこくさん』
■2021年10月23日〜2022年1月10日
■福田美術館 嵯峨嵐山文華館 (二館共催)
近年、主に泉屋博古館が牽引してきた木島櫻谷再評価のムーヴメント。
今秋はすでにその泉屋博古館が、旧住友本邸を飾った四季の大屏風をメインにしつつこの画家をとりあげていますが、これと呼応するように嵐山の二館でも櫻谷の大規模な特集展が開催されました。
ところで、最近の櫻谷人気は彼の動物画によるところが大きいといわれています。
愛らしい鹿や狸、でっぷりとした猪や堂々たる獅子に虎。
確かにこの画家が描く動物画には人を惹きつける独特の魅力があります。
しかし、個人的には、あまり興味がわかない画題。
というか、苦手です。
いかにも「優しそう」な目をした鹿などをみると、櫻谷自身はまったく意図していないのでしょうけれど、絵が鑑賞者に媚びているように感じられて正直うんざりしてきてしまう。
櫻谷の描く動物、特に哺乳類にはどこか「動物の眼」ではなく「人の眼」の気配があります。
そこが写実一辺倒の西洋画とは違う、日本画伝統の「らしさ」なのでしょうが、全体が見事な写実の技で描かれている分、余計、不自然な「キャラクター性」を感じてしまうのです。
今尾景年に学んだ若い頃から、櫻谷は徹底して写生を重んじてきた画家です。
そのメチエが活かされるのが動物画で、実際、多数の作品を観ることができます。
しかし、今回の二館共催による櫻谷展で印象に強く残ったのは、写生の人というより、その高いデザインセンスです。
本展のポスターに使われ、福田美術館が開館以来その発掘を自慢している「駅路之春」。
櫻谷が初めて審査員として関わった1913(大正2)年第7回文展に出品された屏風絵。
この年、画家は37歳で衣笠村に転居しています。
景物人物を大胆にデザイン化し、それまでの写実重視の画風から一転した新機軸を打ち出しています。
単純化された人々の表情、画面を縦横に隠しつつ彩りを絡ませる茶屋の幕や木々。
平板さと装飾性が画面に明るさと奥行きを同時に与えていて、複雑にしてスタイリッシュという二律背反的魅力を実現している傑作だと思います。
しかし、明治に描かれた初期作品の中にも、よく見ると写実を基本としながらも、全体の構図の上にしっかり櫻谷の「デザイナー」としての企図が感じられることに気がつきます。
例えば、「松図屏風」は、しばしば写生に訪れたという明石あたりの松が参考にされているとされていますが、水平に潔く伸びる枝は、実際の姿よりも意図的な造形性が強く反映されているようにも見えます。
当然に円山・四条派の画風を強く受け継いだ木島櫻谷ですが、一時期洋画の浅井忠と接触するなど、その技法に関して師匠筋の筆遣いを墨守した人ではありません。
琳派からの強い影響も櫻谷を特徴づけている要素です。
泉屋博古館から借り受けて展示されている「秋草図」などはその典型の一つと感じます。
同館が今年展示した大屏風には光琳の燕子花がはっきりとオマージュされていました。
動物画を得意とした櫻谷を「写生の人」とするならば、琳派をも取り込んだこの画家は、一方で、鋭敏なセンスをもった「デザイナー」だったとも言えます。
もっとも、この二つの要素は全く別々に機能するわけではなく、写生の中にデザイナー的な眼が入り込んだり、その逆も当然にみられます。
最も両要素が絶妙に混淆された傑作がおそらく「寒月」(京都市美術館)だと思います。
しかし、私が櫻谷の動物画を苦手としているところもこのあたりに理由があります。
写生の中にキャラクターデザインが混じり合うと、微妙な俗っぽさにもつながってしまうように感じます。
ともあれ、実にさまざまな顔をもった画家であったことが、「おうこくさん」展では端的に示されていると思います。
初期には伝統的歴史画の雰囲気を重視していた櫻谷。
しかし昭和に入って描かれた大作「灰燼」(愛知県美術館)では、平安絵巻にみられる地獄火炎を一種のデザインとして取り込みながら、主人公には似絵的なキャラクターづけをほどこし、全体としては古式と当世風をミックスしたような絵画に仕上げています。
構図が徹底的に計算され、デザイン化されているのに、全体としては昭和初期の歴史画ニーズに合わせた雰囲気をしっかり漂わせているところに櫻谷の時代を読むセンスを感じます。
デザイナー櫻谷を代表するような作品もありました。
「嵐山筏引船図」という小さい六曲一双の屏風絵です。
彩色を抑制した実にシンプルな絵柄で、余白を大きくとっています。
細長い屏風の形状に合わせて筏と人物を瀟洒に配置。
ちょうど嵯峨嵐山文華館が借景としている桂川と呼応したように展示されています。
洒落た趣向だと思いました。
展覧会では木島櫻谷以外にも、櫻谷以降多くの画家が移り住んだいわゆる「衣笠絵描き村」ゆかりの作品が何点かゲスト出演的に展示されています。
菊池芳文の名所絵、菊池桂月の六歌仙屏風、小野竹喬の比叡山などいずれも傑作揃い。
土田麦僊の珍しい洋画「ヴェトイユ風景」も展示されています。
嵯峨嵐山文華館の2階では衣笠の自邸で過ごす木島櫻谷の様子を写した映像が流されています。
画壇と距離を置き、付き合いを嫌ったという人ですが、実に楽しそうに家族の中で動き回る様子が映されています。
これは櫻谷文庫が公開しているyoutube映像とほぼ同一とみられます。
福田美術館、嵯峨嵐山文華館とも、一部の例外作品を除き、写真撮影OK。
というか、むしろ積極的に「お撮りください」とでもいうような雰囲気です。
スマホのシャッター音が気になる人向けに耳栓を受付で貸し出すという徹底ぶり。
賛否ある美術展での写真撮影ですが、一つの解決法ではあると思います。
(私はノイズキャンセリングイヤホンがいつも耳栓がわりなのですが)