Irving Penn: Works 1939–2007. Masterpieces from the MEP Collection
■2022年4月9日〜5月8日
■京都市美術館別館
今年で10回目を迎えるKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭。
2020年と2021年はコロナの影響で9月-10月にずらして開催されましたが、今年から本来の春季開催に戻りました。
今回は2人の巨匠ファッション写真家が特集されています。
一人はギイ・ブルダン(京都文化博物館で開催)。
もう一人はアーヴィング・ペンです。
ディオールがスポンサーとなっています。
アーヴィング・ペン展の会場は岡崎のロームシアター裏にある京都市美術館別館(旧京都市公会堂東館)です。
今となっては、なんともいえないアナクロ的な魅力を放っている和風コンクリート造り。
立派な唐破風付きの門が出迎えてくれます。
2階に設営された展示空間のデザインを担当したのは遠藤克彦建築研究所。
大阪中之島美術館の開館により、今年大いにクローズアップされた建築事務所ですが、KYOTOGRAPHIEには2019年から毎年関わっていて、両足院や誉田屋源兵衛等での展示設計をすでに手掛けています。
展覧会冒頭ではスポンサーであるディオールとペンとの関係を象徴するような一角が設けられています。
ペン夫人となったリサ・フォンサグリーヴスがディオールで身を包んだポートレートに、初代「ミス・ディオール」の香水瓶等を組み合わせ、シックな黒の壁面で囲んだ展示。
直方体の室内に対して三角形を意識した展示壁面を設置し、複雑な動線で鑑賞者を誘導する構成。
建物の壁と並行となった展示面はほとんどありません。
結果として鑑賞者は斜めに角度がついた方向から陳列されているペンの作品群とまず対峙することになります。
平板さを回避しつつ静かに奥行きのある空間を演出した秀逸な構成だったと思います。
出展品は全てMEP(ヨーロッパ写真美術館 Maison Européenne de la Photographie)が所蔵するオリジナル・プリントです。
キュレーターのサイモン・ベーカーによると、これらの作品はアーヴィング・ペンが自ら現像を行ったものとのこと。
カラー、モノクロ、いずれも素晴らしい印画の美しさを堪能することができました。
80点。
同館のペン・コレクションは100点余りだそうですから、ほぼ丸ごとパリから京都に運び込んだことになります。
戦後まもなくクスコで撮られた住民たちや、配管工などさまざまな仕事人をとらえた写真からして、すでにこのフォトグラファー独特の視線とその強烈な表出エネルギーが感じられます。
アーヴィング・ペンが切りとった彼ら彼女らの視線と佇まいからは、まるでどこか神話的、あるいは寓話的崇高さが立ち上ってくるかのようです。
数々のセレブリティたちをとらえたポートレートのコーナーは、やはり、圧巻でした。
ピカソやジャン・コクトー、同業のアヴェドンたちが投げかける鋭い視線。
他方、カポーティやフランシス・ベーコンは視線を投げ返さない。
ソール・スタインバーグは視線のみを残して顔を隠しています。
各人各様に、写真家と「眼差し」を介して行われた対話が鋭くきりとられています。
中でもマルセル・デュシャンの肖像が特に印象的でした。
鋭角に迫る左右の壁が作り出す狭隘なコーナーにパイプをもって佇んでいます。
この人だけはその視線が虚実の境にあって、ペンですら、はぐらかされているように感じます。
だからこそ、逆にデュシャンの掴みどころのないかっこよさが捉えられているように見えてきます。
ベルメールを思わせるセルライトを皮下に隠したヌード写真、美醜の境界を抽出し尽くそうとしているかのような静物をとらえた作品などなど、アーヴィング・ペンの多彩な世界が次々と暴露されていきます。
会場照明のあて方が素晴らしく、オリジナル・プリントがもつ黒の透明感、カラーの立体的な質感をあますところなく観ることができると思います。
お隣の京都市京セラ美術館東山キューブで開催されている森村泰昌展とはしご鑑賞すると、ほぼ半日、写真芸術に幻惑され尽くすような体験を味わえるかもしれません。