つながる琳派スピリット 神坂雪佳
■2022年4月23日〜6月19日
■細見美術館
神坂雪佳(1866-1942)といえば、絵師・画家というよりも、工芸の図案家という印象が強い人です。
染織や漆芸の工程そのものに若い頃から関心を示し製作もしたというこの作家の本領は工芸と密接に関わっていて、実際、代表作といわれる作品の多くが器物に写された図案、デザインです。
つい先頃も細見美術館のご近所、京都国立近代美術館のコレクション展で、洗練の極みともいうべき鶴をあしらった木箱が展示されていました。
ちょうど本展が開催されている5月、御所の中に渡御する下御霊神社の御神輿には、弟の祐吉による螺鈿細工に加え、雪佳のデザインが格狭間にみられます。
京都市内では神坂雪佳の図案を見ない月の方が少ないかもしれません。
しかし、陶器や木箱に表される図案といっても、もとは「絵」です。
本展では、図案家雪佳の中にある画家性に焦点をあわせていて、いわば「絵師としての神坂雪佳」に迫ろうという企画意図が感じられます。
その絵師雪佳のベースに流れる精神として「琳派」を絡め、細見コレクションから選ばれた琳派本流の逸品がプロローグ的に置かれていました。
図案家として大成した雪佳ですが、まずは四条派の絵師に弟子入りしています。
大正期を中心に描かれた日本画が何幅か展示され、花鳥画や文人画風の作品が紹介されていました。
花鳥画には一見して酒井抱一あたりのすっきりした江戸琳派的センスが見受けられます。
しかし、どうも絵の収まり方がおかしい、のです。
写実の情報をある程度捨象しつつ洗練された色彩と造形によって一幅を仕上げる手法は確かに琳派風なのですが、雪佳が描くと、対象そのものが、背景からどことなく遊離していて、絵の「空気」に馴染んでいないように感じられてきます。
その最も端的な例が、大作「四季草花図屏風」(細見美術館)。
大正末から昭和初期頃に描かれたという六曲一双の豪華な金屏風です。
一つ一つの草花は見事な技術で描かれていて、本展でも紹介されている鈴木其一の「春秋草木図屏風」(細見美術館)よりもむしろ豪華、かつ、鮮烈なくらいと感じます。
表面的にはいかにも「琳派らしい」といえるかもしれません。
でも、全体としてみると、江戸琳派の趣からは遠く感じられてくるのです。
その理由は、草花がそれぞれ構図上ほとんど「連関」していないところにあるように思えます。
美しい草花が、それぞれ、それぞれに、あるのです。
かといって、本草学的な写実を目指して描かれているわけでもないので、「あり得ないほど整えられた花壇」が金箔の中に浮いているように見えてきます。
「絵画」と「図案」が、奇妙なまでに、どちらにも偏らず混ざり合った雪佳独特の世界が出現しています。
その雪佳が、おそらくかなり意識していた絵師がいます。
京都生まれながら大坂画壇で活躍した江戸後期の大絵師、中村芳中(?-1819)です。
近年発見された芳中の「枝豆露草図屏風」という小品が展示されていました。
図録の解説によれば、この屏風は、かつて、神坂雪佳自身が所蔵していたのだそうです。
銀地にたらし込みの技法をこれでもかと駆使して表現された異様な迫力をもった作品。技法的には琳派の影響が如実に表れています。
しかし、江戸琳派とは明らかに違う、図案性と絵画性が渾然一体となった不思議な魅力を備えています。
つい先日まで京都国立近代美術館で開催されていた「サロン! 京の大家と知られざる大坂画壇」展では中村芳中の代表作といわれる「四季草花図屏風」が展示されていました。
実にさまざまな草花が鮮やかに描き込まれた大作金屏風。
大英博物館のコレクションです。
驚くのは、その草花の扱いに雪佳と同じ方針が取られているということ。
全体の空気感、「収まり方」を意識している江戸琳派に対し、中村芳中の描き方は、どこか「カタログ」的なのです。
四季の草花が集められているものの、ほとんど脈絡はなく、それでいて草花自体は非常に美しく写されています。
つまり、雪佳の「四季草花図屏風」と、基本、同じコンセプトといって良いと思います。
当然に芳中の方が雪佳の先人にあたります。
影響を少なからず受けた可能性があるかもしれません。
描く「対象」をどう世界から切り取って、ふたたび「絵」または「図」として再現するか。
琳派の系譜の中に神坂雪佳はたしかにいるわけですが、光悦・宗達ー光琳・乾山ー抱一・其一の、いわば「本流」とはちょっとズレたところに独自の美意識を主張した人とも思えてきます。
そしてその「ズレ」の分岐をなしたかもしれない絵師が中村芳中。
発見があった展覧会でした。
本展は秋には汐留のパナソニック美術館にも巡回します。
もう一度観てしまう、かもしれません。