■2023年10月18日~2024年1月8日
■福田美術館 & 嵯峨嵐山文華館
すっかりお馴染みとなった嵐山の二館連携企画による、近世江戸絵画コレクション展です。
後期展示(12月6日〜1月8日)にお邪魔してみました。
紅葉大混雑シーズンは幸いにも終わってくれましたが、渡月橋周辺は外国人を中心とした観光客でいまだに賑わっています。
福田美術館のすぐ隣にあるコーヒースタンドは相変わらずの大行列。
寒空の中、長時間並んでまでわざわざ嵐山でコーヒーを飲みたいという方々の奇特さに感心しつつも、この人たちの多くがミュージアムの中にまでは入ってこないことにホッと胸を撫で下ろしつつの鑑賞となりました。
今回、目玉作品の一つとされている絵画が、長沢芦雪(1754-1799)による「大黒天図」です(通期展示)。
1971(昭和46)年、新宿の小田急百貨店で開催された「近世異端の芸術- 若冲・蕭白・芦雪」での展示以降、行方不明になっていたという大作掛軸。
52年ぶりに発見され、福田美術館のコレクションに加えられたのだそうです。
ちょうど大阪中之島美術館で長沢芦雪の大規模な特集展(終了済)が開催されるタイミングに合わせるかのようにプレスリリースされ、京都ローカルのTVニュースでも紹介されていました。
「奇想の系譜」で知られる大先生、辻惟雄がこの掛け軸にホンモノのお墨付きを与えたインタビュー画像が福田美術館のYouTubeで公開されています。
本展はこの芦雪大黒天を呼び水として、福田コレクションの江戸絵画を総特集しようという企画。
非常にユニークな作品が並んでいて楽しめました。
この美術館のコレクションを築いた人物は、周知の通り、烏丸五条に本社を構える消費者金融大手アイフル(株)の創業者、福田吉孝(1947-)です。
社長職は子息に引き継いだとはいえ、まだ70歳代ですから現役の実業家日本美術コレクターということになるのでしょう。
とても面白い鑑識眼を持った人だと思います。
今回展示されている江戸期の絵画は、応挙から始まる四条・円山派に加え、琳派、北斎や広重といった浮世絵の大家まで、名前だけみると錚々たる絵師たちによって描かれた作品が大半を占めています。
でもどこか「本筋」と外れているユニークさが醸し出されているようにも感じます。
悪く言ってしまうと、それぞれの絵師の代表的作品とはちょっと違う、雑多な質の絵画が多いということになるのですが、見方を変えると、コレクター自身の好みが如実に反映された、一種の凄みが伝わってきます。
テイストの系統はやや違いますが、同じように一代で膨大な日本画コレクションを築いた福富太郎とやや近い印象を受けました。
円山応挙(1733-1795)による六曲一双の大作「富士巻狩図屏風」はそうした福田コレクションの特徴を端的に表している作品かもしれません。
眩いばかりの金地に、極めて古典的な図像である頼朝による富士山麓での巻狩りの様子が描かれています。
驚くのは左右の屏風に表されたモチーフの圧倒的な「落差」です。
左隻には応挙にしてはやや様式化された富士山が画面いっぱいに描かれています。
ところが右隻に目を転じると、その大半が無地の金箔で覆われていて、一見、何も描かれていないように感じます。
よく見ると屏風の下部、ほんのわずかな高さのところに、武士たちの一行やそれに追われる獲物たちが緻密に描きこまれていることに気がつきます。
極めて小さく写された人物や鹿などの動物は応挙らしく写実的かつ、とても鮮やかに表現されています。
しかし、いくら富士の雄大さを誇張する目的があるといっても、このアンバランスさは異様でしょう。
明らかに観る者を驚かせようという趣向が強く作用した構図です。
生真面目で有名だった応挙自身のアイデアとはちょっと信じられません。
おそらく発注者とみられる京の富豪あたりによる「仕掛け」が嫌味なほど伝わってくる珍作とみました。
もう一つ、富士山が描かれた微妙な傑作がありました。
京狩野二代、山雪(1590-1651)による「富士図」です。
一見、端正な富士山のフォルムが丁寧に写されている水墨と感じるのですが、そのあまりにも「整えられすぎた」山頂表現にはこの絵師独特の狂気じみた几帳面さがよく現れています。
いささかも妖しい図像では無いのに、どこか不気味な感性が漂ってくる不思議な魅力がある一幅でした。
若冲のヘタウマ的に可愛らしい亀とか、芦雪によるトリミング技が効きすぎた海老の図など、奇想系の絵師たちの作品も、その「はずし方」がさらに妙にズレていて、このコレクション独特の味わいにつながっていました。
曽我二直菴(?-1656?)が描いた猿の表情も素晴らしく意地悪そうです。
他方、例えば深江芦舟(1699-1757)による「四季草花図屏風」などは、まさに江戸中期におけるアール・ヌーヴォーといっても良いくらい有機的に美しいデザインセンスが表されているマスターピースで、ここには「はずし」のユニークさはほとんどありません。
この美術館の「奥深さ」を実感できる名品です。
ほとんど来歴が知られていない謎の画人、祇園井特(1755-1815)の美人画群にも惹かれました(こちらは嵯峨嵐山文華館での展示)。
いずれも典型的な美人画とは明らかに趣の違う井特独特の濃厚なクセが感じられる珍作です。
この他にも妙にバランスがおかしい肉筆美人画が多くみられます。
こちらは福田コレクションの「幅」広さを象徴しているかもしれません。
例によって写真撮影OKです(シャッター音対策の耳栓貸し出しあり)。
いかにも近世スター絵師たちを特集した企画のようなタイトルになっていて、実際、広重の「東海道五十三次」全面展開(前後期で分割)のように超メジャー作品もありますが、それよりも、福田吉孝コレクョンにみる「くせ」の味わいが面白い展覧会だと思います。