岡本神草 「習作」の妖美

 

京都国立近代美術館、2022年度第2回コクレション展(2022年5月19日〜7月18日)では、この美術館が所蔵する岡本神草(1894-1933)の代表作2点が展示されています。

「五女遊戯」と「拳を打てる三人の舞妓の習作」。

 

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「五女遊戯」は1925(大正14)年に描かれた屏風絵。
156X234センチの大作です。

京近美は岡本神草の作品を以前から積極的に収集し続けていますが、この作品は2018年、つい最近購入されたもの。

2017年に開催された大規模な回顧展「岡本神草の時代」で展示された直後に購入されたとみられます。

岡本神草「五女遊戯」(京都国立近代美術館)

 

置屋でくつろぐ芸妓・舞妓たちの姿を写したような図像。

神草はこの絵を描く前、さまざまなポーズをとらせた単独の女性像を何枚も発表しています。

そうして描きためてきた女性たちを一枚の中に収めた、いわば大正末期時点における神草の集大成的な作品といえます。

もともと別々に描かれていたであろう、5人。
パッチワーク的に集められた結果でしょうか、「現実感」が微妙に消失しています。

5人各々、いかにもとってつけたようなポーズをとっていて、全然、「そこにいる」という感じがしません。

輪郭がぼやかされ、身体の周囲に奇妙な黒々とした陰影がまとわりついているこの作品からは、京都画壇伝統の線が溶融していて、妖しげな不気味さがじわじわと滲み出ています。

特に、左端で一人、遠くを眺めているような幼女の不気味な貫禄。

 

岡本神草は自身の作品に自ら4段階の評価をつけています。

無印からはじまり、一重丸、二重丸、最高評価作には三重丸。

神草は、完成品である本作の前年、1924(大正13)年に描いた未完成稿つまり「習作」(これも京近美蔵)に最高評価を与えています。

他方、集大成的な、おそらく自信作であったこの「五女遊戯」は「無印」です。

実は「完成作」としての「五女遊戯」は第4回文展で落選。

「習作」を最高とし、「完成作」を評価できなかった、画家の屈折した心境が推し測られます。

 

「口紅」(京都市立芸術大学蔵)と共に大正時代の岡本神草を代表する作品、「拳を打てる三人の舞妓の習作」(1920・大正9)は、京都国立近代美術館にとって、とても思い入れがある作品ではないかと思います。

1986(昭和61)年、槇文彦設計による現在の建物が完成した直後に開催された、新生・京近美初回の大展覧会が「京都の日本画1910-1930」展でした。

その時のキービジュアルとしてポスターや図録の表紙を飾ったのが、この「拳を打てる三人の舞妓の習作」。

インパクトは絶大なものがあったようです。

以来、「習作」にもかかわらず、90年代、あちこちの展覧会で展示され、今やまさに神草を代表する作品となっています。

1986年当時、星野画廊が所有していた本作を、京近美は2005(平成17)年ついに購入。

最近では2021年、東京国立近代美術館でも開催された「あやしい絵」展に出品され、甲斐庄楠音による二枚の「横櫛」と共に大正京都画壇デカダンスを代表する作品として存在感を放っていました。

岡本神草「拳を打てる三人の舞妓の習作」より(京都国立近代美術館)

「拳を打てる三人の舞妓」は草稿も含めると4種類が知られ、そのうち完成作を除く3作が京近美の所蔵となっています。

1911(大正10)年にいわゆる「完成作」がちゃんと描かれていて、画家自身はこれに「三重丸」の最高評価をつけているのですが(第3回帝展入選)、どうみても1910(大正9)のこの「習作」(神草評価は「二重丸」)には及ばないようです。

 

完成作があるので、一応「習作」と題されていますけれど、本来、神草はこの作品をしっかり「完成」させるつもりでいました。

ところが出品を予定していた第2回国展を前に全体完成の目処が立たなくなったため、やむなく、出来上がっていた中央部分をトリミングして切り離すことになります。

つまり、途中まで「本気」で描いていた、わけです。
一般的な意味での「習作」とは違います。

その本気度が、伝わってくるのが、舞妓たちの衣装。

「五女遊戯」では溶け出してしまった「線」が、この作品では繊細に、工芸品のような美しいフォルムを保って描かれています。

真ん中の舞妓がつけている帯留の精緻な描画。
途方もない手間がかけられています。

国展に間に合わなかった理由はいろいろあるようですが、細部にこだわりだしたら止まらない、神草の凝り性が最大の要因ではないか、と思います。

このまま完成していたら、さらに息を呑むような傑作に仕上がったに違い無いのですが、未完ゆえに、三人の女性たちが背景からふわりと浮き上がるような効果を持ってしまっていて、むしろ妖しさは増しています。

3人の舞妓はもともと別々のパーツとして描かれていたものでしょう。

それが1枚に収められているわけですから、後年の「五女遊戯」屏風と同じパターンです。

しかし、「拳を打てる三人の舞妓の習作」では、3人の女性が西洋絵画のように極端にシンメトリカルな構図で描かれているため、現実感は当然に無いのですが、「五女遊戯」からは感じられない、まるで「祭壇画」のような、一種超越的な品格を備えてもいます。

 

何度見ても魂をもっていかれそうになる、とんでもない「習作」です。