泉屋博古館の漆芸特集

 

漆 ―東洋の美を彩る素材

■2022年5月28日〜7月3日
泉屋博古館

 

本展のメインビジュアルに採用されている「堆黄龍彫円盆」は、泉屋博古館の漆芸コレクションを代表する逸品。

経年劣化が進み、ひび割れなどが目立ってきたため、下落合にある目白漆芸文化研究所に修理を委託していたのだそうです。

その修復が完了したことを受けての住友家漆芸コレクション特集展が開催されました。

漆 ―東洋の美を彩る素材 | 展覧会 | 泉屋博古館 <京都・鹿ヶ谷>

 

 

「堆黄龍彫円盆」は、朱ではなく、龍を黄色で表しています。

五つの爪を持った龍自体が中華皇帝のシンボルですが、黄色もまた皇帝の色。

つまり徹底的に皇帝権力を象徴した工芸品です。

同じく修理が完了した「堆黄双龍彫長方形盆」も同様の仕様。

ただこちらの盆では龍の爪が5つから4つに減らされています。

これはもともと五爪であったものを、宮廷から下賜される際、わざわざ一つ削って四爪にしたと推定されています。

帝王の象徴として、一般には用いることができないデザインだったということでしょう。

徹底しています。

 

「円盆」は明代万暦17年(1589)の銘をもっています。

同様の堆黄盆は東京国立博物館も所蔵していますが、その銘も万暦17年。

これ以上古い作例は確認できないのだそうです。

東博蔵の円盆に比べ、泉屋博古館の品は地の朱色が目立たないこともあり、全体としての色彩は単調にみえます。

しかし、その分、彫りの緻密さと全体的な格調高さが際立つことになり、特に茶道具として使われた場合、上にのせられた茶入と絶妙な調和美を生み出します。

 

万暦帝は帝国の国力を傾けたことで特に評判の悪い皇帝ですが、文化芸術面では明代爛熟期を創出した人とも言えるわけで、思いっきり贅沢に皇帝の力を徴した堆黄五爪龍はまさにその象徴。

非常な手間と時間がかけられた修復作業のプロセスも作品とあわせてわかりやすく紹介されています。

見応えがありました。

 

 

結構ひねりの効いた展示品もみられます。

 

原羊幽斎による「椿蒔絵棗」。

下絵を酒井抱一が描いているのですが、その抱一がこの棗製作の依頼者に宛てた書状が一緒に展示されています。

抱一 X 羊幽斎のコラボは近世琳派工芸における超強力タッグとして有名です。

この書状は発注者に対しその図案の確認をとったもの。

「こんな感じで羊幽斎に作らせますよ」という内容です。

実際に棗をみると、抱一が書状内で描いたイメージ図がほぼそっくりに再現されています。

抱一のデザインと羊幽斎作の実物が組み合わされての展示。

鑑賞の視点にぐっと奥行きが出てきます。

 

「京名所黒漆塗膳」は明治期、京都画壇の重鎮たちが図案を手がけたシックな御膳です。

実際、住友家で使用されたものでしょう。

幸野楳嶺、今尾景年、望月玉泉と、超のつく豪華メンバーが下絵を製作しています。

面白いのは望月玉泉による「木島神社」、別名「蚕の社」です。

玉泉は神社本殿などではなく、例のミステリアスな「三柱鳥居」を図案として採用。

うっすらと漆黒に浮かぶ異形のデザインは楳嶺の「平等院」や景年の「金閣寺」とはやや違った様子を帯びています。

現在ではもっぱら謎の京都ミステリー系ネタとして扱われることが多い三柱鳥居。

しかし、住友家で用いられた格式高い御膳に得体の知れない妙なシンボルが描かれることはないわけですから、そもそもこの鳥居は純粋に信仰の対象として尊崇を集めていたことがこの工芸事例からもわかります。

木嶋坐天照御魂神社蚕ノ社)の三柱鳥居

 

それと、いわゆる「名物」に付随している漆芸の紹介も面白い展示でした。

泉屋博古館コレクションの中でも屈指の格式を誇る、「黄天目 銘燕」。

小堀遠州遺愛の名茶碗ですが、今回その天目自体は姿を見せず。

それをのせるための「朱塗輪花型天目台」が主役として陳列されています。

器本体に負けない品格が漂う名漆器です。

 

また、これも有名な佐竹本三十六歌仙絵「源信明」の「箱」。

住友春翠自らが発注した見事な漆の箱に、いかに春翠がこの絵巻断簡に敬意を払い、大事に扱っていたかが伺える仕様が見られます。

 

珍重された骨董茶道具から、近代以降、実際に使われていた漆器まで、多種多様な住友漆芸コレクションを味わうことができる展覧会でした。