安楽寿院の空海絵巻など|京博2023お正月展より

 

京都国立博物館、2023年、年始の名品ギャラリー展示(常設展)が始まりました。

今年の干支にちなんだウサギ美術特集が組まれていたりしますが、それはごく一部。

平成知新館全館を使った寄託品+コレクション展、その内容は相変わらず結構多彩です。

www.kyohaku.go.jp

 

弘法大師空海の生誕1250年に因んで、鳥羽の安楽寿院からここに寄託されている絵巻、「高祖大師秘密縁起」が大公開されていました。

2階西北の展示コーナー一室を丸ごとを使って、絵巻全10巻の内、8巻を一気に展開。
空海の出生から高野山での入定までを一覧できてしまう規模です。

これだけまとまった展示機会は珍しいかもしれません。

 

往忠という謎の絵師により1468(応仁2)年に描かれたという奥書が確認されている室町時代の絵巻。

2019年に京都府指定文化財となっています。

550年以上昔の作品とは思えないくらい鮮やかな彩色が残っていて、極めて大切に扱われてきたことが推測できるのですが、その趣は宗祖の威光を伝達するメディアというより、かなりコミカライズされたオモシロ系絵巻に見えます。

おそらく、庶民層への訴求を狙っていて、ヘタウマ的親しみやすさを優先したユニークな作風。

京博は敬意を込めて「素朴」という表現でこの作品を評しています。

ただ、その人物描写は全体的にどことなく漫画風で、素朴というより実に味わい深い「稚拙」さが滲み出ているようにも感じられます。

好みとは違いますが、絵師の個性がそのまま率直に写されているとても珍しい中世絵巻として面白く観ることができました。

 

絵巻終盤、思わず声を出して笑ってしまったシーンがあります。

横になって眠っている小野道風が、唐突に空中から出現している大きな「足」に踏みつけられている場面が描かれた部分。

小野道風は、「三筆」(嵯峨天皇空海橘逸勢)の後を受けた「三蹟」(小野道風藤原佐理藤原行成)の一人ですが、空海の書を酷評したことでも知られる人物。

その報復ということでしょうか。

空海のものと思われる巨大な足に押しつぶされる悪夢に道風が苦しめられたというエピソードが描かれています。

道風は、空海の書を貶したためにバチがあたり筆を持つ手が震えるようになってしまったという逸話が大昔から流布されていますが、これと同系のお話なのでしょう。

説話的幻想譚にも関わらず、絵師往忠は寝ている小野道風の上に足そのものをあまりにも直截的に重ねて描いているので夢と現実描写がぶつかりあいながらも、奇妙なリアル感があり、なんともおかしい構図が生まれています。

そのすぐ横では道風の女房子供と思われる人物がかすかに笑みを浮かべながら気持ちよく眠っている姿が描かれているので、さらにシュールさが倍増。

室内の様子や衣装が大真面目に細かく彩色を選んで描かれている分、余計、内容そのものの滑稽さが際立ってきます。

観ているうちに、絵巻を眺めて大笑いしている弘法大師信者たちの姿まで重なってきてしまい、こちらも笑いを堪えるのに必死になりながらの鑑賞となりました。

 

1Fの仏像陳列コーナーも見所が多い内容となっています。

今回の名品ギャラリー展示では、いつも京博の本尊として鎮座している安祥寺の国宝・五智如来坐像の姿がありません。

昨秋の「茶の湯」展の際、一旦退出していましたが、次回の特別展である「親鸞 - 生涯と名宝」展(3月25日から)でも宗派の違いから大日如来を展示するわけにはいかないので、しばらくそのまま収蔵庫に留めることになったようです。

その代わり、清水寺の名宝「伝 勢至菩薩観音菩薩立像」が揃ってお出まし。
院政期なのか鎌倉に入ってからなのか、作風的に時代の過渡期をそのまま体現しているような不思議にハイブリッドな美しい彫像です。

さらに、京博名物、西往寺の「宝誌和尚立像」が今回は珍しいことにケース無し、剥き出しのままで展示されていて、その異形の迫力を一層感得することができると思います。

また、河原町五条の市比賣神社が新規に寄託したという獅子と狛犬が、真っ黒い女神像を守護して陳列されています。

これも見ようによってはかなり異形ともいえる組み合わせです。

 

京博のHPコメントによれば今回の構成は「とくに彫刻展示担当者の思い入れが深いものを選んで展示」とあります。

上記にみた彫像をはじめ、その白さが際立つ高山寺の「白光神立像」や、素朴と迫力が混淆する大将軍八神社の神像、新町地蔵保存会が守ってきた地蔵盆の平安本尊など、どこか「異形」の美を意識したキュレーターによる「選択の眼」が、たしかに感じられます。

 

それと、中国近代絵画コーナー、愛新覚羅溥儒(あいしんかくらふじゅ 1896-1964)の特集も興味深い内容でした。

この人は、清朝第八代皇帝道光帝の皇子で帝国末期に活躍したことでも知られる恭親王奕訢の子息。

伝統的な中国絵画の味わいと簡素な現代的センスを絶妙なテクニックで気品高くブレンドしたような画風に魅せられました。

溥儒に師事した水墨画家、伊藤紫虹が今年度京博に寄贈したコレクションなのだそうです。