當麻曼荼羅と中将姫伝説|奈良国立博物館

 

貞享本當麻曼荼羅修理完成記念 
特別展 中将姫と當麻曼荼羅 ―祈りが紡ぐ物語―

■2022年7月16日~8月28日
奈良国立博物館 (西新館)

 

圧倒的な情報量に頭がクラクラするような展覧会でした。

2018年から2020年にかけて実施された「貞享本 當麻曼荼羅」の修復作業が完了したことを受けての特別展です。

https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/202207_chujo/

 

まず驚くのは、その修復された曼荼羅図の驚異的な情報量です。

 

縦横ともに4メートルを超える巨大な画面いっぱいに、ほとんど隙間なく描かれた浄土世界。

原本である「綴織當麻曼荼羅」が失ってしまった色彩とディテールがこれでもかというくらい蘇生されています。

上部の方は位置的にほとんど肉眼では視認できませんから、細部を楽しみたい人はアートスコープなどの用意が必要と思われます。

 

観音・勢至の両菩薩を左右に従えた阿弥陀如来を中心に、宝楼、宝樹が周囲を取り囲み、上部には虚空、下部には宝池と、完璧なまでにシンメトリカルな世界が出現。

和風の美意識ではとてもここまで徹底した構図は生み出せないでしょう。

原本が中国から伝来したという説の優位性をあらためて確認することができると思います。

修復前の状態を見ていませんからなんともいえませんが、鮮明かつ風格をとどめた図像の状況から、プロジェクトの成功がうかがえます。

というより、こんな大作の修理をわずか3年で成し遂げたことに、むしろ、驚きます。

 

さて、江戸時代前期、「貞享本」の製作自体、ちょっと信じられないくらいの大プロジェクトでした。

この企画を主導したのは、性愚(1629-1686)という浄土宗の僧です。

現在、伊東忠太の「祇園閣」を抱えていることで有名な東山の大雲院六世となった人ですが、性愚が住持していたときは、まだこの寺が四条河原町あたりにあった頃ということになります(現在髙島屋京都店敷地の一部となっている場所)。

 

大雲院を退いた後、當麻寺を参詣した性愚は、「綴織當麻曼荼羅」原本とそれを写した「文亀本當麻曼荼羅」の劣化を憂い、両作品の修復を計画。

さらに、新たに「貞享本」の制作も行うという、3ラインのプロジェクトを一気に立ち上げました。

性愚という人物の異様なまでの當麻曼荼羅に対する尊崇の念が伝わってきます。

「貞享本」の新制作にあたり、原本はすでにかなり損傷が進んでいたため、「文亀本」が参考にされたといわれています。

性愚上人の起こした3プロジェクトは、一見、篤信の塊のように思えますが、実は、「文亀本」という中継絵画を活かしながら進められたという点で合理的な側面ももっていたといえるかもしれません。

 

「綴織當麻曼荼羅」が鎌倉時代に写された際、後鳥羽上皇の宸筆を賜ったという伝統があったため、「貞享本」の完成についても、性愚は時の天皇による宸筆にこだわりました。

浄土宗に帰依していた近衛基煕が間に入るかたちで「貞享本」は霊元天皇の宸筆を賜ることに成功しますが、この直前、残念ながら性愚は示寂していたそうです(享年58歳)。

企画立案から10年が経過していました。

宸筆に関して記した近衛家熙による表装への墨書が、あわせて展示されています。

「貞享本」の制作は天皇、関白といった近世初期における宮廷の中心人物たちまでをも巻き込んだ大プロジェクトだったわけです。

 

高誉上人性愚像(大雲院蔵)より

 

「貞享本當麻曼荼羅」だけでもこれだけの情報量なのに、この展覧会では、もう一つ主軸となるテーマが設けられています。

當麻曼荼羅原本の制作にまつわって登場する「中将姫」に関する文物の展示です。

 

室町時代頃に一般化したという中将姫伝説は、近世あたりまで非常に強力なストーリーとして人々を魅了してきました。

貴族の娘として生まれた後、継母に疎まれて山奥に捨てられたものの、奇跡的に父親に発見されるという出自自体、「貴種流離譚」と「継母いじめ」という世界共通のストロングな物語性を有しています。

これに、當麻曼荼羅制作という、阿弥陀信仰が結びついたわけですから、社会の上層から庶民まで「中将姫」は大ヒロインとして崇められるようになり、多くの縁起絵巻などが制作されることになります。

本展では、この女性が能や歌舞伎の題材に化身し、さらに、近代、津村順天堂(現ツムラ)によって開発された「中将湯」にまで影響していることを示してエピローグとしています。

 

2018年に同じ奈良博で開催され、大変な話題となった、国宝「綴織當麻曼荼羅」原本展示の続編ともいうべき展覧会ですが、修復された「貞享本」の圧倒的完成度と、「中将姫」を巡る多彩な展示品の数々は2018年展とは別種の企画力の凄みを感じさせます。

ここ数年「當麻寺」にこだわり続けてきた奈良博によるシリーズ完結編として、とても見応えがありました。

 

なお、隣接する東新館では夏休みのキッズ企画「はっけん! ほとけさまのかたち」展が同時開催されています。

子供向けといっても元興寺の国宝・薬師如来立像などをはじめ、内容は特級です。

その薬師如来立像は「なら仏像館」にいつも展示されていてお馴染みではありますが、本展では360度、周囲をぐるりと巡ることができるように展示されています。

背中の内ぐりなどもじっくり確認することができます(しかも、展示ケース無し)。

これはこれで貴重な機会でした。