生誕100年 下村良之介展
■2023年2月8日〜3月17日
■中信美術館
今年は下村良之介(1923-1998)が生まれてから100年の記念イヤー。
特別に大きな回顧展等は予定されていないようですが、中信美術館がミニ特集企画展(無料)を開催してくれました。
「パンリアル美術協会」の中心的メンバーとして戦後から息ながく活動を続けた前衛日本画の巨人です。
お誕生日は10月15日。
その大半を京都で暮らし画家として活動した人ですが、生まれたところは大阪(南区)。
父親は能楽師だったそうです。
12歳のとき、嵯峨に引っ越しています。
金島桂華の手ほどきを受けて京都市立美術工芸学校に入っているのですが、意外なことに、自ら積極的に学びたかったというよりも、学校の成績があまりにも不出来だったために、絵の道ならばということで話が進んだようです。
結果的に下村は、昭和前期、綺羅星のごとき京都画壇の先達たちが教鞭をとっていた当時の京都市立絵画専門学校(現京都市立芸術大学)に進んで日本画を専攻することになりました。
しかし、第二次大戦のため繰り上げ卒業となり出征。
大陸等での戦役から復員してきた下村にとって、もはや、「花鳥風月」を優美に描く世界は精神的に遠いものになっていました。
1948(昭和23)年、25歳のとき、山崎隆や三上誠たちと前衛芸術家集団、パンリアルを結成し、野心的な作品を次々と発表、この団体を代表する画家となっていきます。
戦後、「花鳥風月」をキッパリ捨てた下村。
でも「鳥」だけは、むしろこの人を象徴するようなモチーフになりました(のちに「月」も)。
といっても、一般的な日本画で描かれる鳥とはまったく違っているのですけれど。
下村良之介は鳥について、ひどく「まるごと」好きだったのではないでしょうか。
彼は単に視覚上の観察対象としてこの生き物をとらえていたわけではありません。
当たり前のごとく「食べてしまう」、その前に「さばく」対象でもありました。
五感と五臓六腑でまさに「鳥」の全てを受け止めていた画家。
エッセイ集『単眼複眼』(東洋出版)に収められた「鳥と私」の中に、彼の異様ともいえる鳥との関係性が吐露されています。
この展覧会では、そんなこの画家の鳥にまつわる作品が多く集められていました。
小規模ながら、個人蔵の珍しい逸品を含め、静かな迫力が感じられる絵画が揃えられた素晴らしい内容になっていると思います。
身体の中にまで「鳥」を取り込んでいたともいえる下村の創造する作品は、代表作「鳥不動」にみられるように、どことなく化石とでもいうべきなのか、鳥たちのその最期に残った情念の塊がかたちになったような凄みが感じられます。
非常に手の込んだ技法である紙粘土を駆使した独特の表現。
似たようなモチーフが繰り返しみられることもこの人の大きな特徴ですが、それだけ彼にとって汲み尽くせない魅力をもった主題だったのでしょう。
他方で、紙粘土系の作品とは対照的な「線」の美しさで表現された鳥たちの絵画にも不思議な魅力があります。
キービジュアルに採用されている「飛翔」(1968 京都市立芸術大学資料館蔵)は、「鳥不動」の異形さとは違った、どこかパウル・クレーすら思わせるような詩情性を含んでいるようにもみえます。
下村は約15年間、京都の中学校に勤務した美術教師でもありました。
丸や三角といった基本的な構成単位が透けて見えてくる「飛翔」のような作品群からは、生徒たちに絵画の基礎を教えていたこの人の率直な造形センスが反映されているようにも感じられます。
そのシンプルな「かたち」を重視する姿勢は、まさに「造形」そのものと向き合ったクレーにも通じるところがあって、そこに両者の類似性をみてしまうのかもしれません。
一方、2階の展示室には、抽象的なまでに鳥のエキスを抽出してきたこの画家の作風とは違った描かれ方で仕上げられた大作が堂々と並んでいます。
「禿鸛屏風 ー 起・承・転・結」(1977 京都国立近代美術館蔵)です。
1973年、下村はアフリカを旅行。
そこで目撃したハゲコウに惹かれたのだそうです。
この作品では、奇怪な大鳥のさまざまな姿態がユニークかつ端的にとらえられていて、他の鳥シリーズとはかなり違った印象を受けます。
下村は、伊藤若冲をリスペクトしていることを公言していました。
若冲の鳥たちがもつ異様に生々しい美へのオマージュなのかもしれません。
ところで、話は全く変わってしまうのですが、とても印象的で面白い「ハゲコウ」の姿をとらえた、ある映画が、現在、各地のミニシアターで上映されています。
ジョージア(グルジア)出身の映画監督、オタール・イオセリアーニ( Otar Iosseliani 1934-) による「素敵な歌と舟はゆく」("Adieu, plancher des vaches!", 1999 配給:ビターズ・エンド)。
この映画には、まるで「人」のように家の中を歩きまわるハゲコウが登場します。
そのカクカクとした奇妙な動き方。
そして、全人類を見透かしたように達観した「鳥類」としての卓越した存在感。
下村良之介がこの怪鳥に魅了された理由がわかるような気がしました。