Parallel Lives 平行人生 ー 新宮 晋+レンゾ・ピアノ展
■2023年7月13日〜9月14日
■大阪中之島美術館
レンゾ・ピアノ(Renzo Piano 1937-)の建築作品と新宮晋(1937-)の彫刻作品をパラレルに、彼らのバイオグラフィとあわせて紹介するという極めてユニークかつ画期的な特別展です。
酷暑の中之島でしたが、ここだけは別世界。
比喩でもなんでもなく、実際、「風」が流れている展覧会でした。
同年生まれの二人は、今年2023年、共に86歳を迎えます。
斯界における実績も絶大な老巨匠たちですが、会場で上映されている両者の対談映像をみると、実に若々しい印象を受けます。
レンゾ・ピアノはパステルカラーのセーターとシャツをおしゃれに着こなしていて、とても80歳代後半の人にはみえません。
新宮晋も、最近はまるで子供に帰ったような寓話的デザインの作品を発表し続けるなど、一向に「老成」するつもりはないようです。
「達観」、とも少し違っていて、この人たちからはとても現世的に清々しい「軽み」を感じます。
ピアノも新宮も大阪に縁がある人たちです。
新宮晋は豊中の出身。
レンゾ・ピアノの設計による「関西国際空港旅客ターミナルビル」は、彼の作品中、最大級の規模を誇る代表作の一つです。
関空は、二人を結びつけるきっかけにもなった建築でした。
異様に長大なターミナルビルの中に「空気を感じる仕掛けが欲しい」と願ったレンゾ・ピアノが新宮晋に声をかけ、「はてしなき空」と題された彼による17枚の彫刻パネルが天井にほどこされることになったのだそうです。
日本にある作品例でみると、巨大な空港建築とは対照的な、ピアノの作品としてはかなり規模が小さい建築である数寄屋橋の「銀座メゾンエルメス」にも新宮の「宇宙に捧ぐ」というメタリックな彫刻が組み合わされています。
大阪関西空港での出会いを契機に、彼らは世界規模でコラボレーションを繰り広げてきました。
両大家の仕事を、今、総括する企画を披露する場所としてこの中之島美術館はうってつけの施設だったといえるかもしません。
新宮晋の彫刻作品は、いずれも「動く」ことが前提になっています。
一見して、この分野、つまりキネティックアートの先駆者でもあるアレクサンダー・カルダー(コールダー)を思わせるところがあるわけですが、決定的に新宮がカルダーと違うところは、「空気」をどう捉えるかという思想だと思います。
カルダーの作品の多くも当然に風力を意識しています。
しかし新宮晋の作品は、カルダーよりも一層、「空気」そのものの存在を重視しているように感じられるのです。
会場には様々な新宮作品が展示されていますが、その大半が、実際、軽々と「動いて」います。
パーテーションの大半が取り払われた、美術館5階の広大なスペースに、サーキュレーターや扇風機などが巧妙に配置されていて、常に「空気」の流れが感得できます。
冒頭申し上げたように、この展覧会では、文字通り「風を感じる」ことができるのです。
微細に調節された空気の流れによって、新宮作品がゆらゆらと漂う空間。
これにレンゾ・ピアノの建築に関した映像や模型群がゆったりと極めて贅沢な配置の中、存在しています。
真夏にいかにも表面温度が高くなりそうな真っ黒い外観の中之島美術館で思いもよらず爽快な冷気を楽しむことができました。
なお、コンセッション方式が影響しているのかどうかはわかりませんが、一般が2400円とかなり高めの料金設定になっているところはやや残念ではあります。
ただ、その分混雑害とは無縁になってはいて、自由自在に展示空間内を快適に回遊できると思います。
さて、本展の最終コーナーに注目の展示物が披露されていました。
レンゾ・ピアノによる「未来のプロジェクト」として2028年の竣工が予定されている「東京海上ビルディング」のプランです。
2024年12月から着工されるというこの東京海上の新本店ビルは、地上20階、地下3階の規模をもつとされています。
設計はレンゾ・ピアノの建築事務所と三菱地所が共同で請け負ったそうです。
このプラン、びっくりするのはその「高さ」です。
地上約100メートル。
なんと、これは旧東京海上本社ビルの高さとほぼ同一なのです。
周知の通り、旧東京海上ビルの設計を担った人物は巨人、前川國男(1905-1986)です。
1974年に竣工したこのビルは褐色のモダニズム建築として長らく丸の内・大手町界隈の「顔」として存在感を主張してきた名作でした。
しかし、その設計竣工に際しては有名な美観論争に巻き込まれ、当初計画されていた127メートルから約100メートルの高さに「縮められ」てしまったことでも知られています。
皇居前というデリケートなエリアでもあり有形無形の圧力、つまり「空気」に関係者が忖度した結果とも言われていますが、確かにこのエピソードを知った上で旧東京海上ビルを眺めるといかにも「出る杭が打たれた」建物という印象を受けたのも事実です。
しかし、時代は変わりました。
近辺では丸ビルの建て替えに象徴されるように、三菱地所による実に息長くしぶとい「丸の内マンハッタン計画」が、高さを当初の想定よりもかなり控えめに設定したとはいえ着実に進行し前川の東京海上ビルもすでに決して「高い」建物ではなくなっていたはずです。
つまり「100メートルの見えない天井」はとっくに消え去ったはず、でした。
ところが、レンゾ・ピアノによる新本社ビルはまたしても「100メートル」なのです。
前川國男の亡霊に恐れをなしたのか、はたまた、この国特有の「空気」をいまさらながらに東京海上側がリスク要素とみなしたのか、その真相はわかりません。
しかしロンドン市内に300メートルを超えるガラスのトンガリ帽子ビル「ザ・シャード」を出現させたピアノという建築家が、本心から「100メートル」に納得して設計したのか、にわかには信じ難いところもあります。
ただ、この新しい東京海上ビルはさすがレンゾ・ピアノと思わせるプランでもありそうです。
木材とガラスを全面的に採用した7本の柱がファサードを形成し、ほとんど「重さ」を感じさせない構造にみえます。
重厚な前川國男による旧ビルとはまさに対照的です。
屋上にはどうやら本格的な空中庭園が設えられるとみられ、西にあるお濠の水をも借景として、全体としてはとても軽やかに有機的な建築が構想されているように感じられます。
30メートル近く縮められたとしても、当時、界隈では随一の高さを誇った旧ビルに対し、新ビルは周辺の高層ビル群中に「埋没」するかのようにもみえます。
しかし、あえてそうみせておきながら、実はその類例のない「軽さ」と「空気」で、むしろ存在感を際立たせようとするレンゾ・ピアノの周到な計算が推しはかられる建築プランともいえそうです。
東京海上ビルの西側は、当然に、皇居です。
遮るような建造物はありません。
真夏の容赦ない西陽の影響を目一杯うけそうなガラス張りの建築ですが、そこは実績のある事務所ですから技術的にクリアーしているのでしょう。
前川國男の残した傑作建築であった旧海上ビルを取り壊すことについては甲論乙駁あったと思います。
個人的には、どうせ建て直すことが決定事項なのであれば、いっそのこと「127メートル」、つまり前川が当初設計したプラン通りに外面を成立させ、耐震性や内部の快適さを最新にした上で、リニューアルするのがベストと思っていましたが、もはやどうしようもありません。
いずれにせよ、新海上ビルがどのように新しい丸の内の「顔」として出現するのか、未来の楽しみを与えてくれる展示でした。