「木屋旅館」は三朝温泉街のほぼ中心に位置する老舗の宿です。
創業は1868(明治元)年。
江戸時代には鳥取藩から庄屋の役目を与えられていたという由緒をもっているそうですが、敷居が高い高級宿ではありません。
予約をしておけば、JR倉吉駅まで、到着する電車の時刻にあわせて送迎車がきてくれますからアクセスも案外スムーズです。
規模はさほど大きくはありませんが、雁行型に明治・大正・昭和期と建て増しされていった棟が連なり、急勾配の階段でつながれた客室群はまるでエッシャーの騙し絵風に小さいラビリンスを形成しています。
2010年に国の登録有形文化財認定を受けたそうです。
箱根あたりの文化財宿と比べると、驚くような銘木がふんだんに使われているようには見えないのですが、随所に往時の丁寧な大工仕事が確認できると思います。
民芸調をとり入れた館内はオシャレ感を出そうとしてはいるものの、ややいろんな物を置き過ぎているようでもあります。
ただそれがどこかユルい雰囲気を醸してもいて、とってつけたようなモダン民芸よりは好感がもてました。
温泉ソムリエの資格をもつ若旦那とみられる方が各風呂の入り方を丁寧に案内、説明してくれます。
さて、風呂です。
男女別の大浴場と貸切風呂が2つ。
それにミストサウナ(別料金)と温泉熱を利用した岩盤浴ルームがあります。
なお大浴場「カジカの湯」「河瀬の湯」に男女交代はありませんから、宿泊客が入浴できる浴室は全部で3箇所ということになります(24時間入浴OKです)。
循環装置がつけられた浴槽は一つもありません。
全て源泉掛け流しです。
この宿の名物はなんといっても、足元から源泉が湧出する「楽泉の湯」と名付けられた貸切風呂でしょう。
貸切風呂といっても、大きさは「大浴場」よりも広く、一度に5,6人入浴してもストレスを感じない程度のキャパシティがあります。
真ん中に仕切り板をはめ込んだシンプルな木枠の湯船。
最近メンテナンスを終えたばかりらしく、木材はまだ新しさを感じさせます。
底には石の板が敷かれていて、板の間から温泉がジワジワと湧き出しています。
ときどきプクっと気泡が湯の底から上がってきて、大いに気分を盛り上げてくれました。
含弱放射能・ナトリウム-塩化物泉と分析されています。
pH7.3、低張性中性高温泉です。
木屋旅館の温泉に特徴的な要素は、その泉温です。
75度あります。
三朝の共同浴場「株湯」もやや熱めですが、あちらは49.2度。
熱さのレベルが違います。
この源泉を足元湧出方式で提供するわけですから、当然激熱化することになります。
大きく深く湯船を作ることで湯温をやわらげる工夫がみられますが、それでも水を投入しないと熱くて入ることはできません。
また、木枠が湯の水面より高く設定されているので、縁から温泉が溢れ出ることがありません。
これはおそらく、浴槽自体が地面より低いため高低差を利用した排水ができにくいことと、浴室の隅に設置された「飲泉場」の湯壺に、湯船からの温泉が逆流しないように、位置を工夫しているためなのでしょう。
ただ、この結果として、湯の表面に浮かぶ汚れ等が縁から流れ去らないことになります。
こうした湯温や浴槽の構造的制限を勘案して、この浴室は「貸切」になっているのかもしれません。
キャパとしては十分な広さがありますが、たくさんの入浴客が一度に利用すると水で薄められすぎたり、表面の汚れが目立つことにつながります。
効率性を犠牲にしつつも、とてもよく配慮された浴室の使い方がなされているのです。
温泉そのものの効能と鮮度を最重視している宿の姿勢がうかがえます。
他の有名な足元湧出泉、例えば青森・蔦温泉や岡山・奥津温泉あたりに比べると湯量は絞られているものの、「楽泉の湯」は、高温泉にも関わらず、抜群に新鮮な湯と感じました。
無色透明無味無臭の、一見、クセのない温泉にも関わらず、高めの泉温によるものなのか、とても身体にインパクトを感じます。
つまり、良く効く温泉なのです。
三朝は国内有数のラジウム温泉として有名です。
一日程度の入浴でその効果が現れることはありませんが、浴後に身体が少し軽くなったように思えるほど素晴らしい療養泉的効能を感じることができました。
飲泉場も古式がしっかり維持されています。
柄杓で掬い、漏斗を使って紙コップに注いで飲むスタイル。
クセがなく胃腸にじっくり浸透するような源泉です。
三朝は「株湯」や「薬師の湯」に代表されるように、とても飲泉文化が大切にされている温泉場です。
木屋旅館も源泉の良さを最大限に引き出すため、湧出点の真上に飲泉湯口を開いているのでしょう。
もう一つある貸切風呂(家族湯)は「楽泉の湯」ほど大きくはありませんが、シンプルに作られた方形の湯船はたっぷりと身体を包んでくれるため、満足度の高い湯浴みが楽しめると思います。
足元湧出ではないものの、こちらも高温の源泉を、一旦、湯だまりに受けて浴槽内から投入する古風なスタイルが素敵です。
大正期に作られた湯船だそうです。
古典的なタイル貼りの大浴場もどことなく昭和レトロ的な雰囲気があり、とても気に入りました。
湯口にはびっしりと温泉成分の堆積物が付着し、まるで前衛陶芸オブジェのような造形をみることができます。
ただ半露天とはいえ、三徳川を挟んだ対岸には「依山楼 岩崎」の巨館が聳えていて、同館の客室から見下ろされる位置にありますから、開放感はさほどありません。
料理はやや家庭的味付けではありましたが、入浴後の空腹にきちんと応えてくれる内容でした。
宿泊料金に比して割高でも割安でもないといったレベルでしょうか。
個室なので他客のノイズに困ることはありません。
飲み物は瓶ビール1000円とやや高めの設定です。
温泉自体の特質を活かしきりながら、泉源をとても大切にされている宿という印象が強く残りました。
温泉の素晴らしさという点でみると、同じく三朝にある「旅館大橋」の巨大な足元湧出岩窟風呂とはまた別の魅力を感じます。
なにしろ貴重な直下泉を独り占めできる愉しみは、この旅館ならではではないでしょうか。
宿泊代も比較的良心的ですからリピートしたくなる宿です。