国立国際美術館の新デッキ工事と高松次郎「影」

 

中之島国立国際美術館は昨年2023年9月から「工事」を理由に約半年間休館していました。
格別に長い休業とまではいえませんけれど企画展を2回分くらい開催できる期間、クローズしていたことにはなります。

現在開催されている「古代メキシコ展」(2024年2月6日〜5月6日)によって予定通り再開しています。
ただ、館内に目立った改変箇所があるようにはみえません。

実は今回の工事は主に美術館の外に関係するものだったようです。

 

工事中の国立国際美術館

 

国際美術館のすぐ北隣に2022年2月に開館した大阪中之島美術館があります。
大型のミュージアム同士がここまで近接しているケースは稀でしょう。
気軽にハシゴできる関係にあります。

ただ中之島美術館のエントランスは実質2階にあるため、国際美術館と行き来するためには一旦1階まで降り地上に出て少し遠回りをしなければなりません。

道幅がさほど広くはないとはいえ道路も間にありますから安全性を考えると二つの美術館をストレスなくつなぐルートが必要と考えられたようです。

 

国立国際美術館(左)と大阪中之島美術館(右)を結ぶブリッジ

 

このルートを確保するため中之島美術館サイドでは道路上を跨いで国際美術館と連携するブリッジをすでに完成させています。
あとは国際美術館側の接続部分とそれに連なるデッキの完成を待つばかりとなっていたわけです。

昨年から開始された国際美術館の工事はこの新しいデッキを敷設するために行われたものでした。

専ら外装にかかる工事なので半年もクローズする必要があったのかとも思えるのですが、国際美術館側の事情を考慮するとやむをえない措置だったのではないかと推測しています。

外観関係のみとはいえ大部分が地下に埋め込まれている国際美術館の場合、その真上で工事が行われるわけですから作業音や振動が盛大に発生することになります。
とてもアート鑑賞どころではない環境となってしまうことが想定されたとみられます。

2024年3月現在、新デッキはまだ完成していませんが大きな工事作業は終わったのでしょう。
「古代メキシコ」巡回展によって無事に再開することができたようです。

 

大阪中之島美術館側のブリッジ入口(工事中)

 

さて、この新デッキ工事によって思わぬ余波を受けた作品があります。

高松次郎(1936-1998)の代表作「影」(1977)です。

この作品は工事前、B1のミュージアムショップ付近に展示されていたのですが、作業による振動を懸念した国際美術館は一時的にこれを一階下のB2コレクション展示コーナーに移設することにしたそうです。

結果として現在「影」はB2コレクション展の入り口付近に堂々とその姿を出現させています。
またこれを機会に本作のために高松が制作した習作なども併せて紹介されていました。
工事による振動という災いを逆手にとったアイデアであり、非常に面白い展示だと思います。

 

高松次郎「影」(国立国際美術館 B2展示)

 

高松次郎の「影」シリーズは他にも様々な作品が知られていますが、国際美術館の「影」はこのミュージアムをある意味象徴する存在でもあります。

2004年に中之島へ移転する前、まだここが吹田の万博記念公園にあった頃、旧館内壁面の一部を覆っていたのがこの作品でした。

「影」は1977年の国立国際美術館開館にあわせて高松次郎に対して発注されたわけですからこの美術館における文字通り最初のコンテンポラリー・アート・コレクションの一つともいえます。

 

高松次郎「影」(国立国際美術館 B2展示)

 

旧館壁面カーブの形状に沿って制作されているため独特の曲線をもっている作品です。
この「影」を常設展示するため中之島でも同じ曲面をもった壁が造られることになりました。

実はそのミュージアムショップ付近の壁にあったときは正直あまり目を止めることがなかったのですがこうして堂々と主役として鎮座している光景をみると独特の世界観に圧倒されます。

「影」というタイトルは高松によって鑑賞者に仕掛けられた一種のトラップです。
影ならば「実体」がどこかにあるのだろうと自然に想像します。
しかしここに現れている人々の影はその「元」としての実体をもってはいないのです。

作品「影」は、どこにも存在していない人間の「影」が表現されています。
つまり「無いものの影」ということになります。
影はそれを生み出す実体の存在を前提としていますが、この作品では影自体が実体として紛れもなく在るのにその裏付けとなる実体が世界のどこにも存在していません。
じっとみていると「存在」の意味自体が裏返るような不思議な感覚を覚えます。

高松によって描かれた「存在しない人間」の下絵的な習作を確認すると、鑑賞者の遠近感覚を惑わすために周到な計算が行われていたことがわかります。
哲学的不安すら喚起するようなトリック・アートの設計図です。

 

高松次郎「影」の習作

 

今回の一時移設にあたり長年展示されていたために付着した汚れなどもクリーニングされたそうです。
言われてみれば随分と地の白さが美しく感じられました。

新デッキ工事が完了したらまた元の場所に戻されるのでしょう。
現状は「影」をじっくり鑑賞できるまたとない機会かもしれません。
現在開催されているコレクション展「コレクション2 身体———身体」の会期末である5月6日まではこのままの体裁で展示されるとみられます。

 

高松次郎「影」(部分)

 

なお国際美術館側の新デッキ工事は最終的に今年の6月頃には完了するようです(銭高組が現場前に掲示している工事に関する表記より)。

新デッキは中之島美術館とのブリッジに連続して大阪市立科学館と国際美術館の間を抜ける遊歩道としても機能するようです。

二つの美術館はすでに具体美術協会をテーマとして両館共催ともいうべき特別展を2022年秋に実施しています。

新デッキ完成後、物理的にも一体感が高まるわけですから是非また連携による尖った大企画を開催してもらいたいと期待しています。

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