奥津荘「鍵湯」の悦楽|岡山県・奥津温泉

 

 

昔に比べると随分お高い宿になってしまいました。

しかしここ奥津荘が誇る足元湧出風呂「鍵湯」は一度入るとその素晴らしさを忘れることができません。

毎年というわけにはいきませんが定期的に訪れたくなる名湯宿です。

okutsuso.com

 

公共交通機関を使う場合、奥津温泉へのアクセスは決して良いとは言えません。

JR津山駅から中鉄バスによる直行便が出てはいるものの朝と夕方の限られた本数しかなくほとんど使いものになりません。
代替ルートとして「ごんごバス」という津山市内循環バスでまず「PLANT 5」というホームセンター兼スーパーマーケットまで行き、そこでさらに中鉄バスに乗り換えなんとか適当な時刻にたどり着くことができます。
乗り継ぎ便や時刻など、事前によく確認されることをお勧めします。
以前は日中時間帯にもう少し津山-奥津温泉間の直行バスがあったのですが不便な世の中になったものです。
ただ、タクシーでは津山から8千円くらいかかるところをその1/10以下の料金で済むわけですから、まだ乗り継ぎ便があるだけでもありがたい状況なのかもしれません。

 

奥津荘は奥津温泉バス停の目の前にあります。
風格ある木造の和風建築です。

もともとは「錦泉楼」という企業所有の保養所的な宿だったそうなのですが1926(大正15)年、ここの炊事場から出た火の粉が煙突を通して舞ってしまい、温泉街全体を焼き尽くす大火を引き起こしてしまいます。
直ちに支援の手が差し伸べられ翌年には「奥津荘」として営業が再開されました。

その本館は1927(昭和2)年に建てられたもの。
まもなく築100年を迎える貴重な建築物です。
2018(平成30)年、国の有形文化財として登録されました。


立派な唐破風をもった玄関を入るとクラシカルに整えられたラウンジがあり、チェックインと同時に抹茶とお菓子でもてなしてくれます。

この宿に最初に泊まったのはかなり昔のことです。
当時、老舗の貫禄はありましたがお手洗いは和式しかない等、古ぼけた田舎宿の風情をまだ残していました。

現在は客室をぐっと減らし民芸モダン調に整えられた部屋を中心に高級感を大切にした宿となっています。
その分、以前に比べると宿泊料金は2〜3倍くらい高くなりました。
一人泊の場合およそ一泊5万円はみておいた方が良いと思います。
ハイシーズンや休日前になるとさらに高額となることもあるようです。
一人旅に寛容なところは昔も今も変わらないのですが、決してリーズナブルな宿ではありません。

とはいうものの、ここの温泉がもつ魅力は絶大です。
アクセスの不便さ、値段の高さを考慮しても再訪欲に打ち勝つことができない宿なのです。

 

奥津荘 鍵湯

風呂は四箇所あります。

名物は「鍵湯」。
美作津山藩初代藩主、森忠政(1570-1634)がこの温泉の良さに目をつけ湯屋に鍵をかけて地元民の入浴を禁じたことからこの名がつけられたといわれる名湯です。
随分とひどい伝説ですが入浴すればお殿様の気持ちも何となくわかります。
あまりにも悦楽に満ちた温泉なのです。

鍵湯は宿のすぐ横を流れる吉井川と同じ高さにあるため宿泊棟からは急な階段を一階分下がった場所に設けられています。
この「降りていく」雰囲気がいかにも良質泉を予感させて素敵です。

5人くらい一度に入ってもストレスを感じないくらいの大きさ。
湯船の底には大きな岩がそのまま敷かれていて、フラットな部分はほとんどありません。
岩の下からときおりプクプクと気泡が上がります。
浴槽自体が源泉の真上にある正真正銘の足元湧出泉です。

 

足元湧出というだけでも貴重なのですが鍵湯の本当の凄さはその泉温と泉質にあります。

温泉分析表をみると泉温は42.6℃です。
適温中の適温ともいうべき奇跡的な温度で湧いていることになります。
しかもここでは底から直に湧いていますから泉源から浴槽が離れることによる温度の低下がほとんどありません。
足元湧出分だけの温泉では特に冬場は温度が低くなってしまうため別に設けられた湯口から追加源泉が投入されてはいるものの加温は全くありません。

40〜41℃という絶妙な温度を保つために大量の湯が投入されています。
毎分247リットル。
湯尻からはどしどしと源泉が勢いよく溢れ続けています。
これほど新鮮な源泉掛け流し風呂には滅多にお目にかかれません。

ふんわりと滑らかな肌触りの軽快な湯です。
ほとんど無味無臭ですが、わずかに清流の川から感じるような香りがあるようにも思えます。
浴室の外には飲泉場もあり、宿で出される料理には源泉が使われたりと五感で温泉を味わうことができるのも大きな魅力です。

 

 

pH9.1のアルカリ性単純温泉です。

pHだけみるとここよりも高いアルカリ度数を示す温泉はたくさんあります。
また高アルカリ泉特有の「つるぬる感」も奥津荘の湯にはほとんどありません。

しかしこの宿の源泉は特級の効能を示します。
その皮膚洗浄力がものすごいのです。
何度も入りすぎると皮膚表面の油分が抜けすぎてしまい、かえって肌を傷めてしまうかもしれません。
ボディーソープを使ってゴシゴシと身体を洗う必要は全くないと言って良いでしょう。
湯船に入っているだけでピカピカの肌になります。
乾燥肌の人は保湿ローションでケアした方が良いと思われるほど皮膚の汚れを毛穴の奥まで取り除いてくれるまさに薬湯です。

昔、ここの温泉は化粧水として売り出されたこともあるそうです。
随分と大袈裟な話と思っていましたが実際に体感するとわかります。
本当に全身で浴びる「化粧湯」なのです。

 

奥津荘 立湯

 

「鍵湯」の隣に「立湯」があります。

男女交代制になっていて夜の8時と朝の8時で入れ替わりますから宿泊すればどちらの浴室も楽しむことができます。

「立湯」は「鍵湯」よりも一回り小さいのですがその分、文字通り深さがあります。
鍵湯よりやや湯量は少ないものの底から湧き出る方式は同じです。
浴室内が近年整えられた鍵湯と違い、立湯は昔からのこの宿の設えをまだ残していてこれはこれで風情があります。

 

奥津荘 泉の湯

 

「泉の湯」は鍵湯や立湯と同じフロアにある貸切風呂です。
美しくタイルが敷き詰められた浴室が素晴らしく、やや温めの新鮮湯がここでも豪快にかけ流されています。
湯口が浴槽の中に設けられていますからとても静かに湯浴みができます。

一方、もう一つの貸切風呂「川の湯」はその名の通り吉井川のすぐ近くに設けられた浴室です。
他の3浴室がほとんど半地下のような空間なのに対しこの浴室は全面開け放つことができるガラス窓に囲まれていて明るく軽快。
朝風呂に好適です。

 

奥津荘 川の湯

 

4つの浴室、それぞれに趣があり温めの適温であることから長湯三昧となります。
館内の湯めぐりだけで大半の時間が費やされてしまう時忘れの宿です。

 

食事は川沿いに設けられた食事処で供されます。
こなれた味の懐石料理コースを堪能することができると思います。
無闇に皿の数だけ多く並べる田舎旅館のそれではありません。
一品一品丁寧に運ばれてきます。
ただ、以前に比べると食材の高級感とバリエーションが少し減じてしまったようにも思えます。
コースにもよるのでしょうが、高額の宿代を考えると正直やや物足りない内容と感じてしまいました。

 

 

女将さんも代替わりして若いスタッフを中心に気持ちの良いサービスが受けられると思います。

価格的に何度も泊まれる宿ではなくなってしまいましたが、また「鍵湯」への入浴欲が抑えられなくなったら訪れてしまうことになりそうです。
あの風呂の悦楽からは一度ハマってしまうと容易に抜け出すことができません。