パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展
ー 美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ
昨年の10月から今年1月末にかけて、上野の国立西洋美術館を会場として開催された「キュビスム展」が京都にやってきました。
平日にも関わらず同時開催されている村上隆展の影響で京都市美内自体は多くのお客さんで賑わっていますが、今のところこちらの展覧会は比較的ゆったりとしていてストレスなく楽しむことができました。
東京展の内容と少し相違がみられます。
例えば西美に登場していたルソーの「熱帯風景、オレンジの森と猿たち」(個人蔵)は同じ画家の「第22回アンデパンダン展に参加するよう芸術家達を導く自由の女神」(東京国立近代美術館蔵)に入れ替わっています。
また大阪中之島美術館から上野に運ばれた巨大なレイモン・デュシャン=ヴィヨン作「大きな馬」は京都展では登場していません。
ただこうした相違点は専ら国内に存する作品に関してであり、フランスから来日している作品については東京展と京都展で大きな違いはないようです。
ポンピドゥーセンターのキュビスム作品を大展開するという企画の趣旨からみて妥当な範囲の調整といえるのではないでしょうか。
一方、会場の雰囲気によって作品の見え方が少し変わる面白さもあります。
フラットな白色系の照明とひんやりしたモダニズム空間をもった西美に対し、京都市美はクリーム色系の壁面に展示されているためクラシカルな室内と相まって作品の表情が総じてわずかに和らいでいるようにも感じられました。
美術館の南北回廊1階部分をかつての正面玄関ホールを中継点としつつ接続。
一般的な企画展の2倍近い広大な展示空間が確保されています。
東京展の縮小版ではありません。
非常に充実した企画展です。
キュビスムといえばピカソとブラックであって実際その通りという側面もあるのですが、本展ではこの二人とは別流のキュビスムにも強く焦点をあて、様々なアーティストの作品を数多く取り上げています。
キュビスムは当時のアート市場にある意味大きく影響されたムーヴメントでもありました。
ピカソとブラックに目をつけた画商ダニエル=ヘンリー・カーンワイラー(Daniel-Henry Kahnweiler 1884-1979)は彼らを自身の専属アーティストのように扱い、二人もカーンワイラーを通して作品を発表し続けました。
強力なタッグを組んだカーンワイラー陣営へのある意味カウンターとして出現したキュビスム別流の一つが「サロン・キュビスト」といわれる画家たちの存在です。
ピカソとブラックはカーンワイラーに支えられていたため、一般的な発表の場である「サロン」にわざわざ作品を持ち込む必要がなかったのに対し、そうしたマーケットのルートを持たないアーティストたちは19世紀末頃から現れた新しいサロンであるアンデパンダン展やサロン・ドートンヌに作品発表の場を求めることになります。
アルベール・グレーズ(Albert Gleizes 1881-1953)もそうしたサロン・キュビストの一人でした。
ピカソたちはもとより同じサロン・キュビストのメッツァンジェ(Jean Dominique Antony Metzinger 1883-1956)やドローネー(Robert Delaunay 1885-1941)等よりもやや地味な存在として特に日本おいては認識されていますが、本展ではこのムーヴメントの重要な画家の一人としてしっかり取り上げられています。
とても興味深い作品がありました。
「戦争の歌」と題された一枚。
1915年、第一次世界大戦の最中に前線であったトゥールで素描が制作され後にニューヨークで油彩画として仕上げられています。
一見しただけでは何が描かれているのかよくわかりませんが、中央部分には目らしきものがあり下部に手のような表現が確認できますからどうやら人物が主題となっているようです。
実ははっきりとしたモデルがいる絵です。
描かれているのはフランス近代音楽の作曲家フローラン・シュミット(Florent Schmitt 1870-1958)です。
シュミットといえば昔は「サロメの悲劇」のマルティノン盤くらいしかメジャーな音源がありませんでしたけれども近年は室内楽や器楽曲などを含み多彩な作品のディスクがリリースされています。
第一次大戦では多くのアーティストが前線に駆り出されました。
アルベール・グレーズもトゥールで衛生部隊に配属され、そこで芸術好きの軍医が主催していたアーティスト・サークルに加わります。
フローラン・シュミットもそこに参加していたことから両者が知り合うことになりました。
「戦争の歌」はシュミットが作曲した独唱と合唱のための楽曲で、グレーズの絵はその曲を指揮している作曲家自身を描いたものです。
グレーズはこの作品について「髪と鼻眼鏡を除いて、人物のすべてが消え去った」と述懐しています(図録P.175 河本真里「キュビスムと第一次世界大戦」より)。
なるほど言われてみると画面真ん中の目のようなものはシュミットのトレードマークであった鼻眼鏡であることがわかります。
ぐるぐるとシュミットを囲む半円のようなモチーフは指揮をしている姿を表しているようにも見えてきます。
シュミットはどちらかというと保守的な作風の人として知られていますがそのハーモニクス術は非常にカラフルで凝っています。
グレーズが描いた指揮をするシュミットがとても多様な色彩をまとっているのは音楽から画家が得たインスピレーションによるものなのかもしれません。
なお2012年、フランスではこの絵の切手が発行されています。
グレーズの大作は日本にもあります。
東京展では展示されていた「収穫物の脱穀」(1912)。
国立西洋美術館のコレクションです。
西美内では横に並べられたドローネーの巨大な「パリ市」と拮抗していたのですが残念ながら京都展への出張は見送られたようです。
しかし、その代わりというわけでもないのですけれども、京都市美の向かい側、京都国立近代美術館に「新しいアルベール・グレーズ」が現在展示されているのです。
2023年に京近美が新たに収蔵した「キュビスム的風景、木と川」という作品。
4Fコレクション展示室の冒頭に飾られています。
1914年に描かれた中規模作品ですが、面と線、明と暗、色調の対比が複雑に計算されていて具象性よりも抽象性がかなり強くなっています。
よくみると「戦争と歌」にも部分的にみられた点描風の色彩表現がこの絵にも確認できます。
京近美は京都市美の企画展を少し意識しているところがありますからハシゴ鑑賞すると面白いかもしれません。
日本での人気度は今ひとつのグレーズですが欧米ではキュビスムの理論家としての面も含めとても重要視されている画家です。
本展や京近美での新収蔵品によって、この国のアルベール・グレーズはほんの少しだけアップデートされたのかもしれません。
徳島県立近代美術館と愛媛県美術館からの出展品とジャック・リプシッツの彫像作品などの例外を除きほぼ写真撮影OKとなっています。
記憶違いだったら申し訳ないのですが、たしか東京展ではカメラNGだったポーラ美術館のピカソ「裸婦」が京都ではOKとなっていました。
ポーラ美術館自体は館蔵品の撮影に寛容だったはずなのにおかしいなあと思っていました。
撮影許可調整に微妙なタイムラグがあっただけなのかもしれません。