ソプラノ: ノーマ・プロクター
アンブロジアン合唱団 ワンズワース校少年合唱団
ロンドン交響楽団
指揮: ヤッシャ・ホーレンシュタイン
SRM045SACD (UNICORN)
1970年、ホーレンシュタインがロンドンで没する約3年前の録音です。
ユニコーン・レーベル(Unicorn-Kanchana)を代表する名盤として知られます。
当然にCD化はされていましたが、2019年に、突如、香港企業の企画によってSACDハイブリッド盤がリリースされました。
CDでは全体に響きが浅く音像が粗い印象を受けていました。
結局、いつの間にか売却処分してしまいしばらくこの演奏を聴くことはありませんでした。
しかし、当SACDであらためて観賞し、その完成度の高さに驚くことになりました。
各楽器の定位がCDの次元と異なり、目の前にくっきりとした像を伴って響きます。
第1楽章冒頭、ホルンの斉奏がおさまった後、不気味に足音を残す大太鼓の響き。
弱音なのに空気に形状を持たせるように低く低く質量を主張します。
総じて打楽器の扱いが明瞭に聞き取れるようになり、ティンパニからグロッケンシュピールまで、全体の響きの中でかっちりとその位置を正確に捕捉することができます。
管楽器類の存在感も凄まじく向上し、弦群は特に弱音部分で、まるで室内楽を聴いているような透明感を保持します。
ダイナミックレンジはさほど広くないのですが、色彩が豊かに捉えられているのでむしろ再生しやすいといえるかもしれません。
ホーレンシュタインは乱雑に白髪を振り乱した指揮姿をとらえられた写真が最近は有名で、ユダヤ系ということもあり、マーラーでは感情移入が激しい演奏を想像しがちです。
しかしこの3番はとても見通し良く仕上げられていて、全体と部分の美を統合した成果が示されていると思います。
ブーレーズ風に突き放すわけではなく、フレーズの一つ一つに血が通った共感が込められていているので再現される音楽は濃厚そのもの。
かといって例えばシェルヘンのようなエキセントリックさは皆無です。
長大な第3交響曲については、録音当時、まだバーンスタインの旧盤やクーベリックのDG盤くらいしかメジャーなレコード録音がなかったはずです。
新ウィーン楽派全盛のウィーンで教育を受け、スコア・リーディングには抜群の冴えを見せたホーレンシュタインですが、この録音にはさらにアドバイザーとしてマーラー研究の第一人者、デリック・クックが参加しています。
ユニコーンがこの録音に注いだ周到な情熱が推し量られます。
50年経過した現在聴いても全く古さを感じさせない解釈を愉しむことができると思います。
SACD化によって顕著にホーレンシュタインの見事な指揮ぶりと録音の優秀さが確認できるのが、第3楽章です。
終わり近く、鳥たちの鳴き声に続いてポストホルンが再び戻ってくるあたり。
幻想の空気があたりに立ち込めるような絶美の世界が繰り広げられます。
唖然としてしまいました。
このSACDは香港のSilk Road Musicが企画したものです。
リマスタリングはドイツのPauler Acousticsのエンジニアが手掛け、ディスク生産はソニーDADCオーストリアが担当しています。
余計な味付けをせずにマスターに記録されている情報をもれなく引出そうとしている姿勢がうかがえる出来栄えと感じました。
録音している最中の演奏者ノイズまで拾いあげていて、随所に聞こえてきます。
それでいて、ヒスノイズの類はきれいに取り除かれています。
欧亜にまたがった多国籍のプロフェッショナルたちが、大資本がほとんど関与していないにも関わらず(ソニーDADCはすでに日本法人が解散していて、オーストリアのそれは別法人です)、クオリティ高く往時の名盤を復活させた仕事です。
この交響曲というか、マーラーの全ての音楽の中で、最も感動的な場面の一つとも言える最終第6楽章。
ホーレンシュタインの共感と知性を両立した指揮ぶりが最高潮を迎えるのもここです。
練られすぎないLSOの弦群が情感豊かに指揮にこたえていて、奏者たち自身も感動しているのではないかと錯覚してしまうほど。
演奏者ノイズが最も派手に聞こえるのも最終楽章で、尋常ではないパフォーマンスが行われたまさにその場の空気を捉えているようです。