石元泰博の「桂離宮」と「シブヤ、シブヤ」|東京都写真美術館

 

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生誕100年「石元泰博写真展」生命体としての都市

■2020年9月29日〜11月23日
東京都写真美術館 2階展示室

 

この写真家が捉えたモノ、人、街。そのいずれもが、くっきりとした形態を顕にしています。

しかし、その形は単純に孤立していない。

形が纏う存在そのものの質感が写真全体に滲み出ているようです。

 

生誕100年といわれると、ずいぶん昔の人のように感じられますが、石元泰博が亡くなったのは2012年。

没後10年もたっていません。

2000年代まで作品を発表し続けていたので、同時代人といってもいいアーティストです。

東京都写真美術館東京オペラシティ・アートギャラリー、石元ゆかりの高知県立美術館による珍しい三館連携の記念展がスタートしています。

しかも恵比寿と初台はほぼ同時開催という力の入れよう。

一挙に石元泰博の全貌を明らかにしようという連携企画です。

 

同時代人といっても半世紀以上第一線の写真家として活動してきた人。

残された作品群も当然に幅広い歴史をもっています。

写美の展覧会では1948年から2003年まで、およそ55年におよぶ時代の中で撮影された作品が展示されています。

 

6つのセクションで構成。

「シカゴ、シカゴ」、「東京」、「桂離宮」、「多重露光」、「刻 Toki」、「シブヤ、シブヤ」と続きます。

30センチ四方にも満たない小ぶりの作品が大半ですが、モノクロームの陰影が微細かつ緻密に被写体を浮かび上がらせているので、写真の中の世界が広がりと奥深さをもって出現します。

 

対象となっているのは専ら「かたちづくられた」もの。

わずかに自然物を写した作品もありますが、それも単純な風景等ではなく、何かによって「つくられた」造形が感得されます。

例えそれが「雲」であっても。

 

初期、東京に定住する前のアメリカ時代、シカゴで撮影された車の写真。

当時の、流線形に支配されたフォルムそのもののもつ存在感が都市空間の中で静かに主張しています。

既に「かたち」を捉えようとする石元の視線が明瞭に感得されます。

「かたち」の追求は固有の形態をもったモノだけではなく、高層ビル群が切り取った空にも及んでいて、この展覧会のポスターにはその写真が採用されています。

 

「東京」では、例えば圧倒的な物質的フォルムを美しく捉えた橋の姿等、個別のモノを対象とした作品もみられますが、もっと広く、街、都市の一場面を捉えた作品が多くなります。

モノだけではなく人も当然に捉えられます。

石元の写し出す人々はどこか「かたち」の要素を強く含んでいます。

しかし、石元は人をモノのように捉えているわけでは全くありません。

逆に「かたち」の奥の、その人の人間性や生活が滲み出ているような表情もしたたかに写しとっています。

 

「東京」セクションの中核を成す「山の手線」シリーズ。

最初に置かれた駅は「恵比寿」。

そこから内回り順に駅の写真が連なり「渋谷」で終わり。

この並び方を仕組んだのは当然に東京都写真美術館自身でしょう。

ちょっと遊んでいます。

それにしても東京はなんと変わり身が激しい都市なのか。

お馴染みの駅周辺のはずなのに、言い当てられる駅はわずかでした。

今、石元がおなじ場所をとったらどうなるのか、そんな想像の試みも楽しいと思います。

 

展覧会のちょうど中間あたりに「桂離宮」の一室があります。

石元の代表作です。

高知県立美術館が所蔵するとても美しいプリントがみられます。

唐紙の微細な光の襞まで表出さています。

過剰な照明演出は一切なく、建物の素材自体がもつ存在感を捕捉して余すところがありません。

パースフェクティブの捉え方が異常に研ぎ澄まされていて、いまだに全く古さを感じさせない。無駄のない圧倒的なクオリティ。

 

最後に印象的なシリーズが展示されています。

「シブヤ、シブヤ」と題された2003年の作品。

写真家85歳の連作です。

解説板によれば、このスクランブル交差点を行き交う若者たちを写した際、石元はファインダーをのぞかないで撮影したそうです。

写し出されている彼ら、彼女らの顔はほとんど入らず、Tシャツやパンツの柄が主役。

しかし、そこにはしっかりその着ている人の「かたち」と同時に、生身の充溢が感じられます。

不思議な写真です。

最後まで「かたち」とその奥にある存在を捉えようとした写真家の、ファインダーを通過しない「もう一つの視線」が感じられました。

 

週末の午後に鑑賞しましたが、10月中旬現在、鑑賞者はまばらで快適に過ごせました。

事前予約は不要、体温チェックがあるのみです。

3階ではコレクション展「琉球弧の写真」、B1では「エキソニモ」展が並行開催されていますので時間に余裕がある方はじっくり半日くらい楽しめるでしょう。

ただ、この美術館の玄関でもある目黒側の出入口はコロナ対策により閉鎖されています。

目黒駅からアプローチする場合は多少遠回りになります(実際私は遠回りすることになりました)。

 

とても充実した企画です。

オペラシティにも出かける予定。

ひょっとすると土佐まで足をのばして回顧するかもしれません。

高知県立美術館展は来年1月16日から3月14日。

旅の計画はまだまだ余裕をもってたてられます。

 

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