マリオ・ブルネロ 無伴奏チェロリサイタル
■2022年11月6日 14時開演
■青山音楽記念館 バロックザール
・無伴奏ヴァイオリン パルティータ 第1番 ロ短調 BWV1002
・無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011
・無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010
・無伴奏ヴァイオリン パルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004
・無伴奏ヴァイオリン パルティータ 第3番 ホ長調 BWV1006
・無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012
(ヴァイオリン パルティータは全て4弦チェロ・ピッコロによる)
終始、歌と語りが絶妙に混交したこの人らしい至芸。
文字通りの「独演会」でした。
10月の終わり、紀尾井ホールからスタートし、三鷹、名古屋、川崎、三宮と続いたマリオ・ブルネロ(Mario Brunello 1960-)のリサイタル。
本日の京都公演が一連の来日ツアー最終日だと思います。
ツアーではとても素敵な会場がいくつか選ばれています。
特に三鷹市芸術文化センター風のホールや、兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホールは非常に美しい音響をもつ器。
しかし、なんといっても、この来日公演中、最良のアコースティクで鑑賞できる場所は、客席わずか200席、ここ上桂のバロックザールということになると思います。
いつもの通り、ホール全体が楽器と一体化したような素晴らしい響きを堪能できました。
当然に完売満席です。
チェロとチェロ・ピッコロ。
二挺の楽器を抱えて登場したブルネロは、一方の楽器を演奏している間も、もう一挺をステージ上の台座に置いていました。
二つの楽器の扱いに差異を設けない。
どちらも「愛器」として常に共にある、そんなチェリストの思いが伝わってくるようです。
チェロ・ピッコロのパルティータ1番から始まったプログラム。
最初、こちらの耳がまだこの珍しい楽器の位相に慣れていなかったせいもあったかとは思いますが、音程が不安定に感じられる気配がありました。
いつまでも若々しいイメージだったブルネロも今年62歳。
ツアー最終日の疲れもあったのか、細かいミスが以前よりもちょっと多い印象。
しかし、全体としてみれば、切れ味良いテクニックとコクを伴った音色の素晴らしさは相変わらずであり、徹底的に弾きこんだ人にしか出せない入念、かつ、新鮮な「話芸」は、今のブルネロならではの妙味を感じさせ、圧巻でした。
全6曲を2曲単位でまとめ、間に15分間の休憩を2回挟んでの約3時間。
いずれの曲もほぼノンヴィブラートで軽快に弓が運ばれていきます。
でも、この人独特の、芯のある、陽性な官能性を帯びた音色と、硬軟を自在に変化させるボウイングの技によって、響きや歌のラインそのものが痩せることは全くありません。
少し音が軽くなりすぎるのではないかと想像していたチェロ・ピッコロが、予想に反して深く、しっかり音のコアと滋味深い層を幾重にも感じさせる響き。
とても「人の声」に近い音域でパルティータに新しい姿を与えていきます。
この日のプログラム、そのハイライトは、真ん中に置かれた組曲4番とパルティータ2番でした。
一般的な演奏の二倍速くらいに相当しそうな、非常に早いテンポのプレリュードで開始された4番では、大胆にピチカートを取り入れ、一式のまるで嬉遊曲のような仕上げ方。
装飾音を裏返しつつ付加したり、下品にならない範囲でタメを仕込んだりとブルネロ一流の奇術も満載さていました。
それを受けたニ短調のパルティータでは、ヴァイオリンでこの曲が奏されるときよりも音楽の振れ幅自体は抑制しながらも、微細に歌謡の襞を織り込んでいくので一瞬も耳が飽きることがありません。
シャコンヌではテクニシャン系のヴァイオリニスト並み、あるいはそれ以上の超絶技巧で目まぐるしいパッセージを処理したかと思えば、チェロ・ピッコロの持つ独特の温かい音色を生かしつつフーガの主題を深く置いていく。
ブルネロが、「ヴァイオリンの代わり」あるいは「チェロの代わり」にこの楽器を扱っているのではなく、「チェロ・ピッコロはチェロ・ピッコロ」としてその旨みを余すところなく引き出そうとしていることが感動的に伝わってきました。
アンコールは、まずピッコロで無伴奏ヴァイオリンソナタ第2番のアンダンテ。
ピチカートをアレンジして加味した渋くお洒落な仕上げ。
もう一曲、チェロ組曲第3番のブーレで快活に締めてくれました。
両脇に抱えた二つの楽器を高々と持ち上げてオーディエンスたちにお別れの挨拶。
楽器を愛し、楽器に愛されているチェリストの充実した笑顔が印象的でした。