"毒の聖域" 熱水チムニー|大阪市立自然史博物館「毒」展

 

特別展「毒」

■2023年3月18日〜5月28日
大阪市立自然史博物館

 

2月19日まで国立科学博物館で開催されていた「毒展」が大阪に巡回してきました。

盛況だった上野に続き、長居でもこの展覧会は大人気です。

日時予約制をとった科博展に対し、本展では人数制限が特に設けられてはいません。

平日にも関わらず、始業式前の小学生と見られるキッズが展示ケースにピョンピョン張りついたりと、ややカオスな状況ではありましたが、マナー無視の老害系鑑賞者たちの執拗な狼藉ぶりが迷惑な日本美術系展覧会などに比べれば、むしろ、さっぱりとした雰囲気ではあります。

とはいえ、混雑と騒ぎが気になる方は学校が始まって落ち着いた頃の平日に鑑賞されることをお勧めします。

 

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本展を主導しているのは科博と読売新聞、それにフジテレビと関テレです。

大阪市立自然史博物館は場所貸しに徹している感じでしたが、こういう出し物でもない限り、はるばる長居公園に足を運ぶというようなことはありませんから、桜散る中、良い気晴らしになったこともあり、大阪展開催に感謝しています。

 

サイエンス系ミュージアムの企画として、特に人気が高いコンテンツは、主に二つあって、一つは恐竜、第二にミイラです。

要するに、みんな、なんとなくコワイものが好きなのでしょう。

でもこの二つだけ繰り回していても限界があります。

そこで、「毒」。

とても秀逸なテーマだと思いました。

新鮮味とスリル、そしてどことなく幻想的な味わいが期待できそうな展覧会。

 

 

植物、動物、鉱物、そして人類と、ざまざまな主体が毒と関わってきた有り様がわかりやすく、かつ、かなり本格的に紹介されています。

単に毒を駆使する側だけではなく、その毒を利用したり、共生したりする立場の存在にも目をしっかり配っているところが素晴らしい。

 

中でも圧巻だったのが、深海の世界、太陽光が全く届かない暗闇の空間に生成された"毒の聖域"、「熱水チムニー」に関しての展示でした。

("毒の聖域"は本展の解説文にあった表現から引用しています)

 

深海の底に湧き出す、硫化水素を大量に含んだ火山性の熱水。

多くの生物からみれば、噴出口周辺は毒水が支配する死の領域です。

でも、ここには太陽光のシステムで生を営む生物たちとは違った生態系が構築されてもいます。

毒と共生する能力を身につけ、毒の水域を「聖域」にして他者を寄せ付けない、熱水チムニー界の住人たちが繰り広げる世界です。

ゴエモンコシオリエビ

光を必要としない彼ら彼女らは、ほとんど「色」を持ちません。

ゴエモンコシオリエビの無駄ない造形で構成された生き物としての美しさ。

「毒」と共生することで得られた美の様態が見てとれます。

 


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この熱水チムニー界隈に暮らす生き物たちにとって「世界」はどのように把持されているのでしょうか。

かつて、ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(Jakob von Uexküll, 1864-1944)はダニやウニを観察して、「環世界」の概念を創出しましたが、彼が生きた時代、まだ「熱水チムニー」の存在は知られていませんでした。

光すら必要としない、ゴエモンコシオリエビのような生き物が知覚している世界。

ユクスキュルのリアリズムと典雅さを兼備した文体で表現されたらどんな文章ができあがるか、想像してみるのも楽しいコーナーでした。

熱水チムニーに棲む生き物たちの実物標本をみていると、メタバース、「異世界もの」などという表層的空想世界とは迫力が全く違う、「本物の異世界」が眼前に置かれていることに、足元が崩れそうになるような畏怖すら感じました。

 

 

そして、その「本物の異世界」を作り出している物質が硫化水素という「毒」なのです。

でもこの硫化水素は、よく「硫黄」と勘違いされますけれど、我々が親しんでいる温泉の、その「温泉らしさ」の一要素である独特の「匂い」と、効能を生み出している成分でもあります(硫黄自体は無臭です)。

本展の冒頭解説文でも引用されているパラケルスス(Paracelsus Philippus Aureolus,  Theophrastus Bombustus von Hohenheim, 1493-1541)の名言が直ちに想起させられます。

「あるゆる物質は毒である。毒になるか薬になるかは、用量によるのだ。」

 

熱水チムニーの噴出口

 

熱水チムニーの他にも、「毒」の魅力が随所に散りばめられた展覧会です。

日本三大有害植物、すなわち、ドクウツギトリカブト類、ドクセリよりも強力な毒草たちの生々しい標本が展示されています。

世界最強の有毒植物、「ゲルセミウム・エレガンス」。

なんとも優雅な名前をもっています。

見た目も奥ゆかしい可憐な花ですが、毒性はトリカブトの40〜80倍と強烈です。

その最強毒草の横に陳列されていたのが「イヌサフラン」。

こちらも紫色が気品高い花で、リヒャルト・シュトラウスの歌曲「イヌサフラン」" Die Zeitlose"(詩はヘルダーリン)にもなっていることで知られていますけれど、実は、食べれば死に直結する猛毒の持ち主です。

 

ゲルセミウム・エレガンス(左)とイヌサフラン(右)

 


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「シュミット指数」という面白い「痛さ度数」が紹介されています。

ハチ類に刺された痛みの度合いを形容する表現手法なのですが、その中で最も高位、つまり一番痛いとされる"Lv.4"の威力をもつハチが「タランチュラホーク」なのだそうです。

 

「泡風呂に入浴中、通電したヘアドライヤーを浴槽に投げ込まれて感電したみたい」な痛みと定義されています。

この蜂に刺されたことも、感電した経験も、幸にしてありませんが、ジョーク風の味を含め、「痛み」がよく伝わってくる表現です。

 

その強烈な毒の保持者は実にかっこいい姿をしています。

 

 

さてさて、国立科学博物館の定義によれば、「アルコール」も紛れもなく「毒」ということになります。

毎日、飲んだくれている私は、まさに「毒から逃げられない」、そういう存在なのでしょう。

ますます「毒」が好きになる特別展でした。

 

なお、映像類を除き、すべての展示物が写真撮影OKとなっています。

 

「毒鳥」ズグロモリモズの標本

 

大阪府産の猛毒「カエンダケ」の「盛り付け」