「ぼくの小さな恋人たち」ユスターシュが描く思春期のリアル

 

ジャン・ユスターシュ(Jean Eustache 1938-1981)監督作品、「ぼくの小さな恋人たち」(Mes petites amoureuses 1974)の4Kレストア版が公開されました。
ジャン・ユスターシュ映画祭」で取り上げられた1本。
この企画は好評だったらしく10月からPart2が飯田橋のアンスティチュ・フランセ東京で開催されるそうです。

jeaneustachefilmfes.jp

 

前作である「ママと娼婦」がクリティクスから高い評価を得たことを受け、この監督の作品にしては潤沢な予算を確保しつつ制作されたという映画です。
しかし興行としては失敗し結果的にユスターシュが監督した唯一のカラー長編作になってしまいました。
初めて鑑賞しましたがその完成度の高さに圧倒されています。

公開当時、非常に宣伝が難しい映画だったのではないでしょうか。
タイトルやあらすじから感じるイメージと映画の内容がかなりチグハグな印象を受けます。
13歳の男子が祖母と平和に暮らしていた村から母とパートナー男性が生活する街に引き取られて経験する様々な出来事が連ねられていきます。
こんなプロットだけみると紛れもない「思春期成長物語」映画と想像できます。
でも多くの観客がこのジャンルに期待するであろう内容とはかけ離れた描写が連続していくのです。

冷たく重苦しく、ときに鋭く抉られていくローティーン男子の彷徨が冷徹かつリアルに描写されていく123分間。
甘酸っぱい思春期の儚く美しい映像を期待した観客には受け入れ難い内容だったかもしれません。

おそらく公開時にも使用されたかもしれないアートワークのキービジュアルには、主人公の少年ではなく、草の上に寝そべる少女の姿が大きく採用されています。
でもこのいかにも思春期映画らしいイメージは、実は映画の終盤、ほんのわずかな刹那的エピソード場面からとられているにすぎません。
内容全体から伝わる淡々とした厳しさに恐れをなした宣伝担当者は、主人公ではなく、端役である少女の可憐な表情に映画の訴求力を委ねたかったのでしょう。
でも結局、その戦略にも失敗したということになりそうです。

 

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またタイトルである「ぼくの小さな恋人たち」自体も誤解を招きやすそうではあります。
これはユスターシュアルチュール・ランボーの詩からそのままとったものなのですが、その詩自体が表題とはかけ離れた幻想と狂気、暴力性に満ちた言葉に彩られた作品です。
ある意味、ユスターシュが撮った映画はランボーによる詩の内容と矛盾していないにも関わらず、このタイトルだけをみた場合、何やら可憐な「少年少女映画」でも撮られたのかと観客たちを勘違いさせるに十分なのです。
宣伝イメージである「草上の少女」がいかにも「ぼくの小さな恋人たち」と重なってしまうこともミスリード効果満点といえそうです。

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さて映画祭のチラシに書かれているユスターシュの経歴をみると、ベザックで生まれた彼は「両親の離婚後、母方の祖母に育てられ、その後ナルボンヌに住む母と暮らし始める」とあります。
映画もほぼその通りの設定になっていますからマルタン・ローブ演じる主人公の少年ダニエルは当然にユスターシュ自身が色濃く反映された存在ということができます。
ただ1974年当時、べザックはもはやユスターシュの暮らしていた頃と様変わりしすぎてしまい、実際の撮影はヴァルジーで行われたそうです(フランス版ウィキペディアより)。
ダニエルがナルボンヌに向かうシーンで登場する印象的に美しい駅は、ボルドー駅ではなく、リモージュ・ベネディクタン駅です。

後年の、みうらじゅん風長髪サングラス姿が印象的なユスターシュですが、20歳代頃の映像をみるとかなり繊細な青年のようにみえます。
マルタン・ローブが主役に選ばれたことがなんとなくわかるほど、雰囲気が似ています。

 

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ローブ(Martin Loeb 1959-)は撮影時、13,4歳でしょうか。
見た目にはまだ明らかに「子供」感が残る華奢な風貌をしているのですが、聖体拝受式で前を歩く女の子に欲情してしまうほどには「大人」の要素が入り込んでいる、そうした思春期のキメラ的存在感を見事に体現しています。

ダニエルの中には村にやってきたサーカスを素直によろこんだり、級友に突然腹パンを喰らわす暴力性など子供らしい部分が十分残っています。
それが年長の悪童たちや大人との交わりによってタバコを吸ってみたりナンパを仕掛けてみたりするわけですが、「子供」という外面はあくまでもそのままなので、その「背伸び」感が見ていてかなりいたたまれなくなってきます。

ありがちな思春期映画では、「大人」要素を不自然に感じさせないため、もう少し年長の俳優が設定されそうですが、ユスターシュは当時の自分自身のイメージを優先し、むしろ「子供」性をそのままに再現させようとしているのではないかと感じます。
結果として、終始ほぼ表情を消して「子供と大人の境界」を彷徨しているダニエルのリアルが緊張感をもってこちらに突き刺さってくるのでしょう。

誰もが体験することですが、子供から大人への変化は、単純に真水が海水に変わっていくような、わかりやすい定量的グラデーションでは表され得ないものです。
ちょっと大人の感覚を得たようでいながら、次の瞬間にはもう子供に戻ってしまうように、行ったり来たりを繰り返すうちに、いつの間にやら大人になっているわけです。
これを「成長」というのかもしれませんが、ユスターシュが描く成長は、あまりにも冷徹にリアルです。

意外な俳優が登場しています。
母親役のイングリット・カーフェン(Ingrid Caven 1938-)です。
ファスビンダーやシュミットとの仕事で既に実績のあった彼女は、この作品と同じ年に公開された傑作「ラ・パロマ」にも出演していますが、フランス映画への出演はそれほど多くはない人と記憶しています。

それでもあえてユスターシュが彼女を起用したのは、彼女の中におそらく本当の母親のイメージに近いものがあったからなのかもしれません。
とすれば、ユスターシュの母親はかなり陰影のある妖しく美しい人だったということになりそうですが、せっかく合格した学校を諦めさせる等、子供の向学心を平然とへし折る冷たさも併せもっていたということなのでしょう。
毒親」とは言い切れない程度の愛情をダニエルにもっているところがさらに複雑な親子関係を作り出しています。
裁縫の内職というこの女優には最も似つかわしくない役柄をカーフェンは見事にアンニュイ風味を加味しながら演じていて、映画に独特の奥行きを与えてくれているように感じました。

オリジナルを観ているわけではありませんが、2022年に行われた4Kレストア化の効果は絶大と感じます。
名匠ネストール・アルメンドロス(Néstor Almendros 1930-1992)によって撮影された映像は、どこをとっても瑞々しく、70年代におけるフランスの田舎街がもっていた空気感がとらえられていると思います。

代表作「ママと娼婦」よりは、時間も半分程度と格段に見やすい作品です。
興行的失敗作という烙印を押されてしまってはいますが、内容的には大傑作ではないでしょうか。