開館40周年記念
旧朝香宮邸を読み解く A to Z
■2024年2月17日〜5月12日
■東京都庭園美術館
美術館の建物自体を主役に見立てた特別展です。
今までも庭園美術館は旧朝香宮邸そのものの内部見学を目的とした企画を催してきました。
ただ今回は一手間加えられていて、見どころ別に様々なキーワード、キーセンテンスを設定し、幅広い層の鑑賞者に建築やデザインの楽しみ等を喚起させるようなアイデアが仕込まれています。
参考資料的な展示も含めて開館40年のアニバーサリーにふさわしい充実した内容になっていると思います。
AからZまで、26枚のカードがスポット毎に置かれています。
鑑賞者がカードを集めていくことでこの建物の面白さを自然に体感できる構成を企図したようです。
建築史のお勉強的な説明臭い内容のカードはほとんどなく、ちょっと捻ったテーマで各コーナーを親しみやすく解説する短いテキストが添えられています。
Aからアルファベット順にスタートするわけでもありません。
玄関前、つまり最初に鑑賞者が手にするカードは「S」です。
これは"SATINE"の"S"からとられています。
サチネは「サテン織」を思わせることからこう呼ばれているガラス加工技法の一つです。
絹のような滑らかさを伴いつつ艶消し仕上げを施されたガラスのことを指しているこの単語が使われたカードが、なぜ玄関前のスポットに置かれているのでしょうか。
これは言うまでもなく、ルネ・ラリック(René Lalique 1860-1945) による女性像のレリーフに因んでいるわけです。
なかなか粋なキーワードが選ばれています。
では"A"は何に因んでどのようなキーワードが選ばれているのでしょうか。
てっきり朝香宮のAかと思っていたら違うのです。
Aは「アイーダとカルメン」というカードのタイトルからとられているのです。
カードが置かれている場所は「第一階段」を上ったところにある「二階大広間」です。
ここにはかつて自動演奏式ピアノが置かれていたのだそうです。
朝香宮の次女でつい最近まで存命だった湛子女王(大給湛子 1919-2019)が、このピアノによって奏でられるアイーダやカルメンのメロディーを好んでいたことからこんなキーワードが選ばれています。
このように各カードにはかつてここで暮らした朝香宮一家の様子を想像させる楽しげな文章が添えれられています。
他方、あまり生々しい歴史的な話題はあえて避けられているようです。
例えばこの館に保存されていた朝香宮夫妻のパリ滞在(1922-25)におけるお買い物の記録「受領書綴」(領収書の束)のことについては本展では触れられていません。
これは夫妻のフランスにおけるとんでもない消費行動について記録されている文字通りのエビデンスで、この件については青木淳子が異様な執念で著した『パリの皇族モダニズム』によって詳細を知ることができます。
フランス留学中に交通事故で重症を負った朝香宮鳩彦親王(朝香鳩彦 1887-1981)の療養に付き添うため渡仏した允子妃(明治天皇第八皇女 1891-1933)は、結果的に黄金時代を迎えていた1920年代のパリにおける生活を存分に満喫することになります。
夫妻はおそらく「浪費」という概念自体をもっていなかったのでしょう。
美食と遊興、高級ファッションの購買に明け暮れる日々をおくっていたことが明らかにされています。
その折に夫妻が身につけたセンスが旧朝香宮邸の造形、デザイン選択につながったともいえますから、若干の皮肉をこめれば、ここは「怪我の功名」によって生まれた居館でもあるわけです。
ところが邸宅内装の芸術面を実質的にプロデュースした允子妃は、建物が完成した年、1933年11月に42歳の若さで亡くなってしまいます。
邸内で暮らした期間は半年ほどに過ぎません。
鳩彦親王は妃が亡くなった後もこの邸宅に住み続けますが、敗戦後、1947年に皇籍離脱してからは熱海の別邸に引っ越しゴルフ三昧の生活をおくったとされています。
結局、白金台の朝香宮邸が現役の住居として使用された期間は15年にも満たなかったということになります。
その後にたどった旧朝香宮邸の経歴は庭園美術館が以前作成したPDF資料で詳しく確認することができます。
さて、今回の企画展では2003年に修復が完了し公開可能なエリアとなった3階の「ウィンターガーデン」にも立ち入ることができます。
日当たりが優先された温室的機能をもった一室です。
ここには当初、宮内省内匠寮がデザインした藤の安楽椅子が置かれる予定だったのだそうです。
ところが実際に置かれた椅子は違うものでした。
なんと当時最新のスチールパイプ製の椅子が設置されていたのです。
椅子をデザインしたのはマルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer 1902-1981)です。
1932年、上野松坂屋で開かれた「新興独逸建築工芸展覧会」に出品されていたこの椅子に目をとめたのは允子妃ではなく、鳩彦親王の方でした。
現在ではよくみかけるデザインのアームレス・チェアですが、これは当時、ブロイヤーによってまさに「発明」されたばかりの超モダン家具です。
実際、アンリ・ラパン(Henri Rapin 1873-1939)がその多くを手がけた内装デザインやラリックによるシャンデリア等はアール・デコを代表するスタイルといえます。
しかしよくみると、1933年竣工のこの建物は、既に一時の勢いを失いつつあったアール・デコに代わり、簡素さを意識したスタイルが混じりこんでいるようにも感じられてきます。
ラパンは自らが得意としたアール・デコが次第に衰微していく傾向を認識していたのかもしれません。
朝香宮邸のアール・デコは彼が以前に手がけた室内装飾と比べるとやや抑制的であることがわかります。
モダニズムが意識されはじめているのです。
また今回は建物外観についてはあまり解説されていませんが、宮内省内匠寮が設計施工した鉄筋コンクリート造のスタイルはアール・デコ様式というにしては実はかなりスッキリしています。
鳩彦親王はこうした時代の空気を素早く読み取っていたのかもしれません。
ブロイヤーの椅子はこの居館の中でもとりわけモダニズム的センスに彩られた「ウィンターガーデン」に親王の趣味のまま置かれたことになります。
本展では当時、実際に設置されていた椅子の現代製バージョンを観ることができます。
真っ赤です。
これは確かに3階「ウィンターガーデン」にしか置けそうにありません。
強引に他室で使用すれば允子妃の大反対にあったことでしょう。
無駄な装飾性を廃し、陽光の生み出す美観を優先した「第一浴室」のデザインにもデコよりモダンの色合いを強く感じます。
どういう趣味的な折り合いを朝香宮夫妻はつけていたのか、ブロイヤーの椅子と浴室の風情から少し楽しく想像させてもらいました。
なお今回の企画展では伊藤公象(1932-)と須田悦弘(1969-)によるインスタレーションが華をそえる形で招かれ展示されています。
偶然かもしれませんが伊藤公象は、昨年竣工から90年を迎えた旧朝香宮邸誕生とほぼ同じ年に生まれたアーティストです。
彼の《「土の襞」ー白い光景ー》(2006)は「北の間」と名付けられた一室で朝香宮邸のモダニズムと見事な共鳴現象を起こしていました。
伊藤の作品が置かれている床に貼られているタイルは「泰山タイル」です。
烏丸線九条駅の近く、大石橋のあたりにあった泰山製陶所で造られたこのタイルは、現在でも京都市内のあちこちで見ることができますが、朝香宮邸で使用されているそれは非常に丁寧に焼かれた逸品揃い。
伊藤の白い陶土と調和しつつ拮抗していました。
他方、須田の作品たちは相変わらず注意していないと発見できないくらい、ひっそりとさりげなく居館のディテールに付着しています。
彼の作品がどこに置かれているのか、「探索」する愉しみがありました。
全面的に写真撮影OKとなっています。
また3月中には特定日を設けて夜間開館が予定されています。
「香水塔」は夜間の方がより美しくみえるかもしれません(実際に塔上でアロマは焚かれないでしょうけれど)。