河原町今出川の東南、ミスタードーナツの角を東に入ったところにこっそり佇む北村美術館。
今年の秋季展(2021年9月11日〜12月5日)は「秋懐」と題され、宗達の「牛図」、利休の筆による掛物などを配しつつ、秋めいた茶道具の取り合わせを展示しています。
中でも自慢の重文「牡丹唐草文螺鈿経箱」は高麗時代のものとされ、緻密かつ規則的に嵌め込まれた植物文様が黒い下地に鈍い光沢を放っていて、とても格調高い工芸の技をみることができました。
この美術館自体は、所蔵品にかなり貴重な文物が含まれるものの規模が小さく、一度に展示できる点数が限られ、企画内容もほぼ渋めの茶道具に特化しているためか、大概、閑散としています。
しかし、隣接する美術館の創設者、北村謹次郎旧邸「四君子苑」は、春と秋の公開期間がごく短く、最近は杉本博司がCasa誌で強烈にここをリコメンドしたこともあってからなのか、かなりの人気。
今年はコロナの関係でちょっと余裕があるかも、と期待して10月の平日公開日に出向いてみましたが、2000円とかなり割高な入場料にも関わらず、なかなかに混み合っていました。
(2021年の公開では内部撮影は一切禁止でした)
「四君子苑」は、重要文化財を含む数々の石塔が点在する庭園と、北村捨次郎が昭和10年代に造り上げた数寄屋建築の風情が一般的な見どころとされています。
地所いっぱいに嵌め込まれた京数寄屋による箱庭的な美と、東の鴨川方向にひらけた空の開放感が繋がる景色は、確かにここでしか味わえない独特の世界。
しかし、私が「四君子苑」内で最も惹かれるのは、北村捨次郎の純和風数寄屋建築ではなく、その反対側に設えられた吉田五十八によるモダンリビング空間です。
陰翳の妙を仕込み尽くしたかのような北村捨次郎の伝統芸も素晴らしいのですが、後に建て替えられた居宅空間もモダン数寄屋建築の達人と呼ばれる吉田五十八の代表作です。
吉田が仕上げた居住部分は高い天井のギリギリのところまで窓を切り込み、外の開放感を日常的な空間にそのまま取り込んでしまうという離れ業によって成立しています。
余計な柱や窓のフレームといった雑音を極力排除することで、北村捨次郎が作り出した東山連峰の借景美を、吉田はさらにモダンリビングの借景として重奏的に活かしきっていると感じます。
「家の作りやうは、夏をむねとすべし」
昭和前期に作られた北村捨次郎の数寄屋も、鴨川からの涼風を取り入れていて、この兼好法師による有名なアドバイスに従っていると思います。
実際、鴨川側の「離れ茶席」の一室に座っていると、川の景色は見えませんが、ひんやりとした川伝いの空気が柔らかく入ってきます。
しかし、昭和38年に作られた吉田五十八のリビング棟はモダニズムの要素を取り入れながらも一層、『徒然草』に忠実であるように感じます。
鴨川から流れ込む空気、庭を満たす池の光、小川のせせらぎをも合わせて、家の主人、北村謹次郎その人がくつろいだ居宅空間に丸ごとシンプルに供給してしまう。
とてもエレガントに開かれた設計です。
そしてさらに、北村捨次郎による京数寄屋と吉田五十八のモダン数寄屋が織りなす「四君子苑」の重奏美を象徴しているような空間が、北村美術館自体にあります。
この美術館は1階部分がほぼピロティになっていて、入り口は2階にあります。
この2階エントランス・ロビーに「重奏美」の仕上げをみることができます。
壁一面に大きく設置された、はめ殺しのガラス窓。
雁行状にデザインされ、あたかも四曲一双の屏風のような空間が透明に創造されています。
吉田五十八のモダンリビング以上に夾雑物が排除され、窓枠そのものが感じられません。
そこから「四君子苑」の玄関・寄り付きが眺められます。
10月の四君子苑公開時にはなかった紅葉が北村捨次郎の数寄屋屋根とコラボレーション。
圧巻の景色が眼前に広がります。
北村美術館の設計は富家建築事務所が手がけています。
DAASのデータによれば、1976年から77年にかけて設計施工された建物。
中路克巳氏と阪本弘氏、両名による設計となっています。
施工は大林組です。
この事務所の所長は京都モダニズム建築の大御所である富家宏泰ですから、当然に彼の最終的な監修が入ったものと思われます。
美術館の外観は赤レンガ風の色調をまとった穏健な造り。
北村美術館設計の3年前、1973年に富家建築事務所が大阪市立大学栗原研究室と共同設計した烏丸今出川の同志社大学図書館と、規模はかなり違いますが、雰囲気が共通しています。
北村旧邸とは当然に様式が全く違います。
また、富家宏泰が60年代あたりまでに手がけてきた作品、例えばこの美術館のすぐ近所、荒神口の京都府立文化芸術会館に代表されるモダニズム建築とも印象がやや異なります。
正直、あまり研ぎ澄まされた美意識のようなものは感じられない外観。
しかし、富家流のモダニズムはこの2階エントランス・ロビーにきっちり姿を現しています。
借景の借景の、さらにまたその借景。
美術館からは吉田五十八のモダンリビング棟までは見えません。
しかしその精神が、美術館ロビーの高く切り取られた窓に反映されているように感じます。
北村美術館の「三重奏」が最も美しく映えるときは、にぎやかな四君子苑公開日ではなく、閑散とした晩秋平日の昼下がりあたりだと思います。