森口邦彦講演会「フランスに留学して」


染織家、森口邦彦の講演会が京都国立近代美術館で開催されました。
現在同館で開催されている彼の展覧会に関連した企画。

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森口邦彦展記念講演会「フランスに留学して」
■11月15日(日)午後2時~午後3時30分
京都国立近代美術館 1階講堂

 

記念講演会は11月15日の「フランスに留学して」と、22日、23日に開催される「伝統に思うこと」の3回。
後者2回は同じ内容になるとのことです。
抽選が当たり、11月15日の講演をきくことができました。

 

対話形式で、聞き手はMOMAKの学芸課長、池田裕子さん。
豊富に参考画像を用意し解説も適宜まじえながらの進行役。
もうすぐ80歳になる森口さん。
時に投影された画像の近くまで軽快に歩みよって楽しげに話されるなど、気さくな人柄が滲む講演。

以下ざっと記憶ベースですが記録します。

 

京都市立芸大時代まで

森口さんの父森口華弘は友禅の大家。
自宅にはたくさんのお弟子さん、職人さんたちがいて忙しく立ち働いていたそうです。
そういう環境の中で育った森口さんは「自分一人で絵が描きたい」と、華弘の弟子にはならず、日本画の道に進みます。
京都市立芸術大学進学には堂本印象が口添えをしてくれたのだとか。
京都画壇の錚々たる教授陣がまだ健在で、次々と大家の名前が森口さんの口から出てきます。
でも時代は1960年。学生運動が最も盛んな時期とかちあってしまう中、アメリカからのポップアート旋風等もあって、当時の教授たちはどこか言いたいことが言えないような雰囲気だったそう。
その遠慮がちだった大家たちを森口さんはとても悲しそうに回想していました。

 

・フランス留学まで

時給が高かったという染色工房でのアルバイトを父華弘から当然のごとく禁じられた森口さんは、空いた時間をフランス語の勉学に費やすことになります。
京大向かいの日仏学館に入り浸る日々。
そこで、工芸家辻晉堂の娘さんに出会う。
フランス語が堪能な才女で、彼女からフランス留学を強く後押しされることになります。
当時の留学生枠はわずか数人。
東京芸大にほとんど押さえらることが多かったそうですが、見事試験に合格。
東京からの帰途、東山が見えた時、自由になれる喜びでいっぱいになったと当時の感動を嬉しそうに語っていました。

 

・フランス国立高等装飾美術学校(ENSAD)時代

留学先のENSADでは学校改革がまさに進行中。
こちらは京都と違い、教授たち自らが率先して新しい教育内容を打ち出し、活気に満ちていたと回想。
中でもタイポグラフィアドリアン・フルティガー(Adrian Frutiger)やバウハウスの流れを汲むジャン・ウィドマー(Jean Widmer)の教えに強く影響を受け、グラフィックデザインの道が開けてくる。

聞き役の池田さんから森口さんの遠近法に関する学習記録が画像で示され、作家の秘密に迫る場面がありました。
日本の美大ではあまりカリキュラムにのらないメソッドだそうですが、遠近法はENSADでは重要な科目。
課題に対して提出された森口さんの答案は20点満点中の18点。
大変高い得点。ご自身、この教科が好きで自信があったと自慢気に語ります。

どうもこの辺りに森口邦彦という作家の幾何学文様を得意とする才能の根っこがあるよう感じました。
遠近法のスタディーはまさに数学、幾何の世界。馴染めない文系100%のアーチストにはとんでもなく難解でうんざりさせられる科目であることが想像されます。
森口さんは遠近法の持つ純粋でロジカルな美に魅了された。幾何学文様の美と通底します。

 

ENSADの写真が投影された時、森口さんはかつての学び舎の入り口を指差した後、近くにあるポアンカレ研究所の名を連呼していました。

やはり数学は彼の芸術を成り立たせる要素の一つなのでしょう。印象的な場面でした。


バルテュスについて

池田さんが「森口邦彦というと、バルテュスからアドバイスを受けて友禅に、という逸話が伝説のように語られるが、そんな単純なことではなかったのではないか」との趣旨で問いかけがなされました。

森口さんはこの問いに謝意を表した上で、ご自身、そのように解釈されることが本意ではないと語っています。
バルテュスはヨーロッパ具象絵画作家、その最後の一人を自認していた。

ピエロ・デラ・フランチェスカ、ニコラ・プッサンと続いた伝統の中にバルテュスはいる。

そういう「大きな歴史」をふまえた上で、森口さんに友禅の奥深い伝統世界を説いた。単にバルテュス親日家だったから成り行きでその道を勧めたという話に回収されることを酷く嫌っているようでした。

私もそんな風に理解していたのでこれは反省です。
1963年11月、パリのプティ・パレで開催された日本古美術展に森口さんは関与することになります。

そこで出会った学芸員の方から展覧会のコミッション・オーナーであったバルテュスを紹介されたのだとか。

今まで詳しく語られることがなかったバルテュスと出会うきっかけや彼の真意が今回の講演会では丁寧に語られていました。

 

・帰国後

1969年「雪明り」と題された友禅が京都国立近代美術館に買い上げられることになります。

森口さん自身、びっくりしたそうです。

友禅では使われることがない白と黒による幾何学的な変容デザインが印象的な作品。自宅中庭に差し込んできた雪、金沢で見た雪、様々なヒントからこの作品が出来たプロセスを語ってくれました。

ある京近美の学芸員の方から「染織デザインが特権階級の物であってはならない」という、胸に刺さるような警句を受けたことを森口さんは述懐。
あの三越のショッピングバックデザインが生まれた時、その警句にようやく応えられたと嬉しそうに語っていた姿が印象に残りました。

様々な講演会で語ってきた森口さんですが、フランス留学時代を詳しく回想したのは今回が初めてだそうです。

貴重な聴講の機会を与えていただき、京都国立近代美術館さんに感謝します。
ありがとうございました。

 

最後に特に印象的だった一文を(池田学芸課長作成のスライドより)。

「私にとって絵画は、職人的な、つまりは無名の手仕事を維持し、絵画的な美しさを求めて、筆や絵具を使って描く何かなのだ。自らを表現する可能性では決してない。」
 森口邦彦

 

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