開館45周年記念「定本 樂歴代」
■2023年9月2日〜12月24日
■樂美術館
三年ほど前にも現十六代吉左衛門の襲名を記念して「樂歴代」と題した同種の展覧会が開催されています。
今回は樂家だけでなく、本阿弥光悦や玉水焼三代といった外戚・庶子筋まで網羅し、長次郎以来約450年に及ぶ陶作の歴史を徹底的にトレースしようという特別展です。
現在の樂家自身が選定した代々の銘品が揃えられていて、非常に見応えのある展示内容と感じました。
なお、本展は今年9月に出版された『定本 樂歴代』(淡交社)という、樂美術館のいわば公式図録の完成を契機に企画されています。
以下の雑文もこの書籍を大いに参考にしつつ記載した部分があリます。
樂家九代にあたる樂了入(1756-1834)は、それまで50歳代で亡くなることが多かった歴代当主の中で享年79歳と、異例に長寿を保った人です。
江戸時代中期から後期にかけて京都で活躍した陶工であり、彼よりかなり年長ではありますが、同時代人に円山応挙(1733-1795)がいました。
偶然ですけれど、先日、中之島香雪美術館で鑑賞した茶碗特集展では、応挙が下絵を描いたとされる了入作の鶴亀吉祥茶碗が展示されていて、この時代におけるアーティストたちが織りなしていたネットワークの一端を確認することができました。
了入という陶工がどのように時代のニーズをとらえてやきものを制作していたのか、少し気になっていたので、今回の「樂歴代展」では、この九代作として選ばれる器に注目していました。
円山応挙の同時代人として京都を拠点に活動としていたということは、ある重大な出来事に了入も当然に遭遇していたことを意味します。
京都市中の約8割が灰燼に帰したというこの大災害では、北は鞍馬口通、西は千本通まで炎が達したとされています。
上京、油小路一条下ルという現在の樂家がある位置はほとんど昔と変わっていないそうです。
大火の被害を避けることはできませんでした。
応挙や若冲といった絵師たちもアトリエを焼かれ、多数の絵画作品が焼失してしまったわけですが、樂家の場合、さらに大変な事態を被ってしまいます。
このとき樂家には「長次郎以来の陶土」があったのだそうです。
それが大火によって台無しになってしまったのです。
当時、了入は30歳代の前半。
病弱だった兄で八代の得入(1745-1798)に代わって「吉左衛門」を15歳の若さで襲名してから18年くらい経過していた頃です。
陶工として本格的に活躍しはじめたのであろう時期に、「家の土」を焼かれてしまった喪失感は相当に大きかったものと想像できます。
今回の「樂歴代展」で選ばれている了入の作品「黒樂茶碗 銘いわほ」は彼が50歳前後に制作したものとされています。
一見して、いわゆる古典的な「楽焼」としてイメージされる茶碗とは趣きが異なっていることがわかります。
長次郎以来の典型的な楽茶碗にみられる、質朴にあたたかみを帯びた形状ではなく、ざっくりとしたフォルムを主張しつつ釉薬が黒く輝いて表面に光沢を与え量感を主張しています。
「箆(へら)削り」という手法が用いられています。
樂焼の持ち味の一つである柔らかさを犠牲にしつつ、新しい茶碗の造形美を創出しようという、とても革新的な意思が感じられる器です。
ゴツゴツとした味わいが「いわほ」という銘につながっているのでしょう。
厚くかけられた釉薬の迫力も相まって小さいながらも異様な「密度」を感じさせる作品です。
他方で、了入は「交趾写雁香合」といったユニークな遊び心を仕込んだ作品も制作しています。
こちらは先に中之島香雪美術館で鑑賞した吉祥茶碗にも通じる豊かな色彩センスを感じさせます。
長い作陶歴の中で、この人がさまざまなニーズに応えていたことが伝わってくる展示でした。
了入が生きた時代は、天明の大火という悲劇をはさみつつも、美術面では蕪村に大雅、応挙に若冲といった華麗なアーティストたちが活躍していた京都の黄金期でもあります。
そうした美的な刺激の中で、長次郎以来の「土」を失った了入がとった戦略が「箆削り」という大胆な革新技法だったのかもしれません。
しかし、そもそも初代長次郎自身が創出した楽焼のスタイル自体が、それまでの時代には無かった革新性をもっていたわけですから、了入もある意味この家がとってきた姿勢そのものをそのまま再提示したといえなくもありません。
また、了入のスタイルが革新的だからといって、「樂」の骨格までもがないがしろにされているわけではないことが、「いわほ」のもつ凝集された品格につながっているようにも感じます。
そういった樂家自身が代々受け継いでいる革新性と品格を、近年、最も具現化している人物が十五代直入(1949-)ということになるのでしょう。
この人も了入以来の「箆削り」に抜群の冴えをみせる陶工です。
もはや前衛陶芸なのではないかと思えるほど大胆な箆使いと色彩感覚で仕上げられた作品で知られています。
ただこの「樂歴代展」では、彼にしてはどちらかというと穏やかに可憐な「梨花」と銘々された茶碗が展示されています。
ご本人が選んだのかもしれません。
前衛性よりも品格を優先し、歴代の樂家当主たちに敬意を払っているかのようでした。