八木佑介「準工業地域」他|京都府新鋭選抜展2024

 

Kyoto Art for Tomorrow 2024 ー京都府新鋭選抜展ー

■2024年1月20日〜2月4日
京都文化博物館

 

毎年楽しみにしている恒例企画、Kyoto Art for Tomorrowが今年も始まりました。

今回は41名の作品が紹介されています。

出身地はさまざまですが、いずれも京都や滋賀にあるアート系の学校で学んだ20〜30歳代のアーティストたちで占められています。

www.bunpaku.or.jp

 

とても先入見が混じった全体印象なのですけれど、なんとなく「コロナが明けたんだなあ」という感じを受けました。

前回や前々回展に多くみられた、やや暗く閉塞した気分や孤独感を示していた作品群と比較し、今回は特に女性作家を中心として、明るさや優しさ、希望といったイメージ、メッセージを作風に表す人が多くみられるようです。

最優秀賞受賞作品に象徴されるように、審査側も少しそうした意識の変化を感じとった選定をしているように思えます。

 

ただ個人的な好みからいうと、昨今の「トンネルから抜けた」ような気分の中でも、それとは無関係に自己や対象とギリギリとせめぎ合い、向き合っているような作家、作品に惹かれました。

何点か特に印象に残った作品について以下、雑感です。

 

宇野湧「瀬を早み岩にせかかる滝川のわれてもすえにあはむとぞ思う」

 

宇野湧(1996-)は京都市立芸大で陶磁器を専門に学んだ人ですが、やきものそのものというよりも、その素材、セラミックとの関わりを重視して作品を創出しているアーティストのようです。

本展では陶土などを用いたユニークな作品「瀬を早み岩にせかかる滝川のわれてもすえにあはむとぞ思う」が発表されていました。

崇徳院によるこの極めて有名な和歌の、おそらく「われてもすえに」に、やきものとして生まれながら破砕してしまった土のことが仮託されているのでしょう。

素材からはちょっと想像できないようなとてもニュアンス豊かな色彩で滝川の奔流が表されています。

具象と抽象の按配が素晴らしく、タイトルに込められたさまざまな暗示も面白い作品でした。 

 

八木佑介「準工業地域

 

さて今回の展示で一番惹かれた作品が八木佑介(1991-)の「準工業地域」(優秀賞受賞作品)です。

一瞬、写真と見紛ってしまうほどリアルな風景が大画面に表現されているのですが、これは絵画です。

しかも驚くべきことに、この作品は岩絵具や土絵具といった日本画の素材で描かれているのです。

超写実的な表現にも関わらず、そうした顔料の素材感がどこかザラりとした独特の風合いを画面に与えています。

タイトルからみて京都市内の南部あたりにみられる幹線道路と街並みをとらえているのかと想像しました。

しかし、このアーティストは写真で撮影した風景をそのままに絵に転じるのではなく、いくつかの風景や事物を合成して一つのパノラマにする手法をとる人でもありますから、この作品にみられる光景は、実は「ありそうでどこにもない場所」なのかもしれません。

粒子感を伴った近景の表現になんとなく懐かしさを感じると同時に、実際にはあり得ないくらい鮮烈に表現されたパースフェクティブの構成力に言いようのない不安を覚えたりもします。

八木作品の多くには人物がほとんど登場しません。

準工業地域」という、明らかに人の営みが前提とされている風景にも関わらず、画面には遠くに走る車の姿がみられるだけです。

過去なのか現在なのか、あるいは未来の景色なのか、観ていると時間の感覚がゆっくり揺らいでくるような気分になってきます。

 

 

張諒太「Ancient Mikines (ミケーネ遺跡)」

 

張諒太(1991-)の「Ancient Mikines (ミケーネ遺跡)」(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川国際交流賞受賞)でも、その独特の遠近感覚に幻惑されました。

異様に強力な黒と鋭い線描が画面を切り裂いています。

この作家独特の表現である「劇画木版画」に属するのでしょう。

右側に都市と港湾のような図像がみられるのですが、左で大きく口を開けるような物体との位置関係が不穏に曖昧で、これは遺跡なのか異世界なのか、判別がつかなくなってきます。

一方で、異なる時空の光景をぐっと一つの画面にまとめ上げていく構成力は、なんとなく古代中国の絵師たちがもっていた眼につらなるようでもあり、しばらく作品の前から動けなくなりました。

 

 

平面作品だけでなく、オブジェ、インスタレーションも相変わらず多彩に発表されています。

今回は隗 楠(Wei Nan 1994-)の「Blooming」(京都新聞賞受賞)にとりわけ魅了されました。

圧倒的な赤とねっとりとした質感が主張する華麗な作品です。

一見、やきもの、あるいはプラスチックのように見えますがこれは皮や麻を素材として制作された工芸で、表面には漆が使われています。

タイトルの通りまず花がイメージされるものの、すぐにその独特の触感表現から動物的な生命力が伝わってくる、静と動が同時に脈打つような作品と感じました。

 

隗 楠 「Blooming」

 

「新鋭」といってもそろそろ40歳代に入ろうとする実力派もいれば、21世紀生まれで、まだ在学している若手もいます。

来年はどういう顔ぶれが並ぶのか今から楽しみです。