Chim↑Pom展:ハッピースプリング
■2022年2月18日〜5月19日
■森美術館
スマホの画面で予約したチケットを見ながらウロウロしていたら森美術館チケットセンターのスタッフさんから声をかけられてしまいました。
「どの展覧会に行かれますか?」と。
(注:この時は「ボストン美術館刀剣・浮世絵里帰り展」と「楳図かずお展」が同時開催されていました)
「チンポン展を予約したのですが」と返したら、「チンポム展ですね」と「ム」を明瞭に発音するようにさりげなく矯正の示唆を受けつつ、ブースに案内されました。
ふりかけられたちょっとした羞恥のスパイスの後味を噛み締めながら会場に向かう高速エレベーターに乗ることになりました。
暗がりがあったり、足元に気を付ける場所があるなどの注意を受けてから入場します。
いきなり現れたのは室内を工事現場の足場で二層に分けたような天井の低い空間でした。
高い天井を誇る森美術館の仕様を嘲笑うかのようなチンポムらしい仕掛けと思いましたが、空間が寸詰りにしつらえられることにより、展覧会の中盤から後半にかけて現れる巨大作品に目が驚く効果を生んでいるともいえます。
比較的小さい作品や映像が、演出された地下空間で観客を待ち受けています。
回顧展。
この言葉がこれほど似合わないアート集団もいないわけですが、見事にそれにふさわしい内容が実現されています。
森美術館側の大人びた展覧会マネジメントの技が、いつまでもアート体育会系サークルみたいな生臭さを失わないChim↑Pomの芸術と摩訶不思議に溶けあっています。
去年京都市京セラ美術館で開催された「平成美術-うたかたと瓦礫(デブリ) 展」では、白くプレーンな東山キューブの中で、妙に殺菌されてしまったような「スーパーラット」の姿がそれなりに面白く展示されていましたけれど、六本木の現場では、薄暗く荒廃感が漂う空間で、その本来の姿が露わにされていたように感じます。
生ゴミになった気分を味わえる巨大な装置など、体感型の苦味走ったエンタメ系作品も置かれていてデートの舞台としても十分機能しています。
森ビルに抜かりはありません。
工事現場風に設営された空間の片隅で、Chim↑Pomの比較的早い時期に制作された映像が流されています。
エリイがピンクの吐瀉物をぶちまけ続ける《ERIGERO》(2006)のインパクトはいまだに色褪せていません。
《BLACK OF DEATH》(2008)もChim↑Pomの初期を代表する映像作品です。
この作品を観るまで知らなかったのですが、カラスは「呼び寄せる」ことができる鳥なのだそうです。
ハンドスピーカーから助けを求めるカラスの鳴き声を大音量で流しながら、その剥製を手にしたメンバーがバイクや車に乗って東京の各所を巡ります。
同類の危急を察知し、たちどころに群れ集ってくる烏たち。
渋谷109、明治神宮、国会議事堂、東京タワー。
古典的ともいえる東京の名所がカラスの群れによって次々と禍々しい風景に変貌していきます。
浜離宮恩賜公園もChim↑Pomによる烏ゲリラ攻撃に晒されています。
突然空を覆った烏の群れに戸惑い怪訝な表情を隠そうともしない気の毒な中高年男女たちの姿。
映像には映りませんが、浜離宮の北側にはジャン・ヌーヴェルが設計した電通本社ビルなど汐留の高層ビル群があります。
カラスの大群と日本庭園とガラス張りの高層ビル。
実際どんなにシュールな光景が繰り広げられたのか、別角度からの俯瞰図を想像してみたくもなります。
日本のある大物メディア業界人の住むマンションもカラスの訪問を受けています。
カラスが周囲を取り囲むと、なんの取り柄も感じさせない普通の高級マンションが、「魔宮」に見えてきてしまうから不思議です。
都市の汚辱に満ちた生命力、原爆、震災、コロナ。
禁忌になりがちな要素を逆手に取った「仕掛けるアート」が連続していますが、この人たちの芸術が単に青臭いアートのガラクタに落ち込んでいないのは、どの作品にも古風ともいえる人の「情念」みたいなものがこびりついているからなのではないかと思えます。
展覧会中盤に出現する巨大な千羽鶴の山。
通り抜けられるようにトンネルが開けられています。
規模は小さいですが、これと似た光景を京都ではみることができます。
東山安井にある安井金毘羅宮です。
この強力なパワーを持つとされる縁切り神社の中には、くぐるとばっちり悪縁から解放され、良縁に恵まれるという「縁切り縁結びの碑」があり、悩める恋多き現代の若者たちからも篤い信仰を集めています。
願いが書かれた形代が碑に覆いかぶさるその姿は「情念」の塊のようにも見えます。
Chim↑Pomが築いた圧倒的迫力をもった鶴山にも、決して割り切れない人の念が積み重なっているように見えました。