京都国立博物館 平成知新館1階の北西コーナーに位置するやや小さい展示室空間。
京博開催の特別展では、ここに企画の「目玉」となる作品が集められる傾向があります。
2022年10月18日から12月4日にかけて開催された「茶の湯」展は質量ともに圧倒的な内容で、最初から最後まで名品が満遍なく散りばめられた京博渾身の大企画です。
それでもこの空間にはさらに本展のハイライトとでも言いたくなるような、とびきりの秘宝が集結していました。
前期には伝銭選「宮女図」(個人からの寄託)、伝徽宗「秋景冬景山水図」(金地院蔵)が披露されました。
4日間だけの公開となった同じく伝徽宗の「桃鳩図」など、滅多に公開されない国宝絵画を次々と展示しています。
後期は、絵画の代わりに五島美術館が誇る鼠志野「峯紅葉」をはじめとする重文陶器の数々をぐるりと陳列。
このコーナーだけでも十分集客力をもつような名品の数々に圧倒されました。
そのハイライト空間の中央、独立展示ケースに収められた茶碗は至宝中の至宝が当然陳列されることになります。
前期は、まず大徳寺龍光院の「曜変天目」(国宝)、その後を引き継いだかのように展示されたのは同じく龍光院が秘蔵する「油滴天目」(重文)。
どちらも小宇宙を見込に写しこんだかのような幻想美の世界が現出していました。
この特級品二碗の後、後期はどんな器がここに展示されるのか。
貫禄からいえば、通期展示されている弧篷庵の大井戸茶碗を3階展示室からシフトしてバランスをとるという手もあったと思います。
しかし、実際には意外な茶碗が出現していました。
黄瀬戸茶碗 「銘 朝比奈」です。
非常に有名な茶碗だと思いますが、360°、全景を初めて鑑賞することができました。
龍光院の二茶碗は、いうまでもなく大変な名品です。
しかし「朝比奈」は全くこれらの天目とは趣を異にしていて一種異様な迫力をもって展示ケース内に鎮座していました。
図録解説によると、黄瀬戸の「茶碗」自体がとても珍しいのだそうです。
現在、黄瀬戸茶碗とされているものの多くは本来「向付」としてつくられたものを茶碗に見立てているのだとか。
料理を盛るには適しているけれども、黄瀬戸は茶をたてるものではない、という作り手の意識が働いていたということでしょうか。
実際に使い分けたことがないので、このあたりの感覚は正直よくわかりません。
そういう知識は横に置き、この器をみるともう「黄瀬戸」などという一般的なやきもののカテゴライズ枠をはみ出してしまっていて、その独特の風合いに即座に魅了されてしまいます。
龍光院の「曜変天目」、「油滴天目」もそうでしたがこの「朝比奈」からはやきものという単なる物質的な存在を超えた「生命力」のような空気が発散されているように感じます。
特に「朝比奈」には、とても的確な表現はできませんが、例えば、岸田劉生がしばしばある絵画表現を喩えて用いた「デロリ」感に通じるような、奥深い生々しさを覚えます。
高さ9センチ、口径13センチ。
その輪郭はゆらりと不思議な曲線をめぐらせ、複雑なアウトラインを描いていて、どこが正面なのか判然としません。
その全てが正面のようだし、そうともいえない。
「生きているような茶碗」と表現したら、ややオカルティックにすぎるでしょうか。
この器で茶をたてることは、ある意味、大変な難行になりそうです。
「朝比奈」は、もともと表千家に伝来していた品なのだそうです。
その後、三井家、個人の所有を経て、現在は金沢、北陸大学の所蔵となっています。
知りませんでした。
個人コレクションや古美術商にしまいこまれてしまうとなかなか目にする機会がありませんが、学校法人の所有となれば、今後も展示機会が期待できそうです。
大変結構な器をみせていただきました。