玄奘三蔵絵の「水」(藤田美術館)

 

今年4月にリニューアル・オープンした藤田美術館

当面、膨大な藤田コレクションの中から「曜」や「花」など複数のテーマを決めて逸品をピックアップし、数ヶ月単位で展示構成に変化をもたせながら、繰り回す方針をとっていくようです。

7月からは「水」と題したコーナーが新たに設けられ、このテーマに則した作品が展示されています(「水」コーナーの展示期間は2022年7月1日〜9月30日)。

fujita-museum.or.jp

 

6月末まで「曜」のテーマのもとに展示されていた国宝・曜変天目茶碗に代わり、これも藤田コレクションを代表する名品、国宝「玄奘三蔵絵」の第6,9巻が展示されています。

 

緑青の鮮烈な色彩によって描かれた山谷が印象的な霊鷲山あたりの場面も素晴らしいのですが、今回開陳されている部分は、独特の「水」に関する表現に幻想的な景色が表されています。

 

玄奘三蔵絵第六巻(一部) 生簀のような泉と水流の出口

第6巻には三蔵法師がたどりついたインド、ナーランダー寺院の様子が描かれています。

玄奘がもてなされている一室にはなんと座敷に隣接して泉が設けられています。

泉が独立して湧いているのではなく、部屋の中、玄奘が座っているすぐそばに、まるで生簀のように設られている異様な構図。

泉の表面には下から水が勢いよく湧出している様子を際立たせるようにこんもりとした波紋が描かれています。

さらに驚くのは、この生簀のような泉の右下。
水を池に逃すための排出口がみられ、そこからも滔々とした流れがみてとれます。

一般に、湧出した水は水槽の上の方から流れ落ちるように逃されると思うのですが、この絵では逆。
座敷に溢れ出させないように水量のバランスに配慮しながら、水槽の下に出口を設けています。

とんでもない水量を誇る泉であることが、この描き方から直感的に伝わってきます。

絵師の並外れた構想力と表現力が実感できる細部です。

 

さらにその右横には、幾つもの首を持つ幻獣に見立てられた噴水。

見ようによってはヒエロニムス・ボスの幻想風景に匹敵する驚異の「水」表現がみられると思います。

玄奘三蔵絵第六巻(一部) 幻獣の噴水

藤田美術館の今回の展示では、「玄奘三蔵絵」を描いた絵師として、「高階隆兼」の名を特定し表記しています。

2019年、奈良国立博物館で開催された「国宝の殿堂 藤田美術館」展では、まだこの絵巻の作者を高階隆兼と断定してはいませんでした。

ところが2021年から今年の初めにかけて開催された同じ奈良博の「名画の殿堂 藤田美術館」展では、「玄奘三蔵絵」について堂々と「高階隆兼筆」と明示しています。

興福寺大乗院に伝わったこの秘仏的絵巻の絵師については、三条西実隆の実見録などから高階隆兼がかねてから有力視されてきましたが、奈良博の北澤菜月主任研究員が「名画の殿堂 藤田美術館」展図録解説(P.142)で、ついに断定的にこの絵師の作と認めています。

新しく絵師を特定する史料が発見されたというわけではないようで、北澤主任学芸員の解説をみると、隆兼作と特定できる「春日権現験記絵」(宮内庁三の丸尚蔵館)との「筆致の一致」がその有力な根拠となっているようです。

藤田美術館休館中、奈良博は藤田コレクションの絵画に関する悉皆調査を実施しています。

その成果が玄奘三蔵絵の絵師特定につながったのかもしれません。

もちろん、全12巻に及ぶ長大なこの絵巻の全てを高階隆兼一人が描いたとは想定しにくく、画風が途中から変わっているということも考慮すると、「高階隆兼とその周辺の絵師たちによる工房」の作という見方も引き続き有力なのではないか、とも思えます。

 

森寛斎「絶壁巨瀑図」(一部)

「水」をテーマとして展示されている名品の中で、もう一枚、特に感銘を受けた作品が森寛斎による「絶壁巨瀑図」です。

激しくリアルな水流表現には「明治の応挙」と称えられた近代京都画壇初期の巨匠にふさわしい迫力がみられます。

藤田傳三郎は同じ長州藩出身の品川弥二郎と交流があり、品川を介してこちらも長州出身であった森寛斎の作品を入手した経緯にあるようです。

「絶壁巨瀑図」は、その水流表現が、たとえば千總が蔵する円山応挙の名品「保津川図」の奔流に直結していると同時に、緻密な岩の表現などは弟子である山元春挙に受け継がれているようにも感じられます。

近世から近代へと、京都画壇における一つの結節点になった森寛斎の偉大さを実感できる名品だと思います。

 

森寛斎「絶壁巨瀑図」

曜変天目の展示が一旦終わったからか、かなり静かになった藤田美術館

ほぼ貸切状態で、「水」と向き合うことができました。