創造の現場―映画と写真による芸術家の記録
■2023年9月9日〜11月19日
■アーティゾン美術館
この企画展のメインは往年の大作家たちの姿を撮影した「美術映画シリーズ」の紹介です。
梅原龍三郎、前田青邨、鏑木清方といった大画家の表情、制作風景などが克明にとらえられた、非常に貴重なモノクロ映像の数々を並行して展示されている彼らの作品自体とともに楽しむことができます。
ただ、いろんなところに分散して置かれたモニターをめぐりながら、映像作品を全部確認しようとすると2時間以上もかかります。
ビデオのチャプター操作が鑑賞者側で自在にできるわけではもちろんありませんから、結果的に流されている映像を見続けるしかありません。
いずれも大芸術家の方々ですがほぼ全員、おじさんやお爺さんたちです。
大変失礼ながら、連続鑑賞しているとだんだんこちらまで老けこんでくるような感覚に襲われてしまいました。
希少価値の高い映像資産ですから安易なオープン化は難しいでしょうけれども、こうした貴重に地味なアーカイブ映像は将来的になんらかの配信チャネルにのせるなど、「いつでもどこでも」好きなときに関心のある芸術家を視聴できるような環境を整えてくれるとありがたいなあ、とわがままな感想を持った次第です。
さて。
老大家たちの映像群に、結局途中で疲れてきてしまい、会場をぶらつきはじめたところで、展覧会の第二パートともいうべきコーナーに遭遇しました。
安齊重男(1939-2020)によるアーティストたちの写真群です。
個人的にはこちらの展示に強く惹かれました。
(なお、この安齊コレクションの一部は、2021年春に開催されたアーティゾンの新収蔵品展「STEPS AHEAD」ですでに公開されていますが、あの時は総展示作品数が膨大すぎてあまり記憶に残らなかったようです。ごめんなさい。)
この美術館がまだブリジストン美術館と名乗っていた、しかもその初期に制作された「美術映画シリーズ」に対し、安齊重男のコレクションは近年になってから収蔵されたものです。
生前の安齊自身が選んで石橋財団に収められたという作品、206点。
今回はその内、30点が公開されています。
図録の説明(P.78)によれば、石橋財団は「芸術家の肖像写真を収集対象」とすることを方針の一つとしているそうです。
安齊といえば、「もの派」との関わりに代表されるように、パーマネントに維持されることを前提とした作品ではなく「その場」的な芸術、インスタレーション等の記録で有名な人ですが、同時に、関係するアーティストの姿も数多くカメラでとらえていました。
石橋財団に収蔵された安齊作品の大半が、芸術作品自体の記録ではなく、アーティストたちをとらえた写真となっているのも、この「方針」に沿って安齊が選定したということなのでしょう。
安齊重男による大規模な写真作品コレクションは国立国際美術館と国立新美術館にあって、その規模は数千枚に及ぶと記憶しています。
石橋財団収蔵品は、それらの規模から比べるとかなりコンパクトではありますが、「芸術家の肖像写真」に特化しているという点でユニークな存在感をもっているといえるかもしれません。
実際、今回の展示でも、とても面白い面々の表情を堪能することができました。
愛車の前でポーズをとりながら、ちょっとはにかむ菅井汲。
電話をかけながらサングラスのようなものをいじっている倉俣史朗。
少女の人形と対話する瀧口修造。
2004年にとらえられた田中敦子の超然とした表情、などなど。
いずれも、いわゆる「ポートーレート」として「作品」的な価値を狙ったというよりも、どちらかといえばスナップ写真に近い雰囲気が漂ってきます。
被写体となったアーティストたちと安齊重男の間には独特の空気が流れていたようです。
近過ぎず、遠過ぎず。
安齊が自分自身を語った言葉として有名な「現代美術の伴走者」としての立ち位置が、これらの肖像写真からも伝わってくるようです。
この美術館は、ヴェネツィア・ビエンナーレにおける日本人作家たちの支援実績などはあるものの、おそらく「もの派」や、パフォーマンス系、一回性を重んじたモダンアートの作家たちとは少し距離をとってきたのではないかと想像しています。
「残らない芸術」の記録を使命としていた安齊の守備範囲とは少しずれているかもしれません。
しかし、安齊が親しく交流していた「具体美術協会」のメンバーたちについては、2007年の白髪一雄作品収蔵を皮切りにコレクションを増やしています。
吉原治良、元永定正、田中敦子、村上三郎といった主要メンバーの姿が撮影された安齊による写真が何枚か展示されていました。
中には1993年のヴェネツィア・ビエンナーレにおける具体メンバーたちをとらえた貴重な集合写真もあります。
実にかっこいいというか、味わい深い表情を浮かべてカメラに収まっているアーティストもいました。
オノサト・トシノブ(1912-1986)です。
1980年11月、自由が丘画廊で行われたおそらく彼の個展で撮影された写真。
鋭さや苦味と同時に仙人のように軽やかな達観が顔に現れているようです。
なお、彼の作品「朱の丸」は別フロアで展示されているコレクション展ですぐ確認することができます。
安齊重男は、2020年、彼を「現代美術の伴走者」に導いた李禹煥(1936-)よりも先に世を去ってしまいました。
しかし、今年、京都国立近代美術館で開催された「Re:スタートライン」展では、「もの派」の存在を鮮明に記録した安齊の代表作、菅木志雄(1944-)の「無限状態」が展覧会のキービジュアルに採用される等、70年代のアート・ムーヴメント回顧が活発化している現在、あらためて存在感を示しているともいえます。
アーティゾンに収蔵された206枚の安齊写真がどのような全貌をもっているのか、彼自身がセレクトしたという点も含めて、興味が尽きないところです。
今後の展示に期待したいと思います。