狩野探幽と「種村肩衝」のミステリー

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現在、京都国立博物館で開催されている「畠山記念館の名品」展(2021年10月9日〜12月5日)に、面白い逸話を持った茶入が展示されています。

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唐物肩衝茶入、銘「種村肩衝」。
南宋、12〜3世紀の中国で焼かれたといわれる一口です。
近江六角氏の家臣、種村刑部少輔が保持していたことからこの名前がついたのだそうです。
さまざまな所有者の手を経て、出雲松江の松平家に伝来し近代を迎えています。

さて、この茶入は畠山記念館が保有しているものではありません。
南禅寺北にある野村美術館が有する品です。
なぜ、丸ごと畠山記念館を特集している企画展に野村美術館からの出張品があえて展示されているのでしょうか。

畠山記念館のコレクションを築いた畠山一清(即翁 1881-1971)は、収集にあたってさまざま逸話を残した人として知られています。
この種村肩衝にも有名なエピソードが残されています。

不昧公以来、種村肩衝を伝承してきた出雲の松平家がこの名物茶入を手放すことになった時、まずその話を受けたのは畠山即翁だったのだそうです。
ところが、そこに割って入ったのが、野村徳七(得庵 1878-1945)でした。
野村財閥を築いた当時の新興財界人です。
荏原製作所の成功によって財を成していた畠山即翁も同じような階層の人物でした。
商売の領域は違いますが、「大名茶の湯」や能を好んだという趣向の点で両者は見事に一致していたため、当然のごとく銘品争奪の場でかち合ってしまったということなのでしょう。
結局、得庵の熱意に負け、即翁はこの茶入の入手を断念したのですが、その時、得庵に出した条件が、「この茶入を初めて使う席に自分を招け」、という意地なのか粋なのかよくわからない一言でした。
ところが野村得庵は終戦直前、1945(昭和20)年1月に亡くなってしまい、約束がはたされることはついにありませんでした。
このやや物悲しいエピソードに因んで、京都で催されることになった畠山記念館名品展に、地元野村美術館から種村肩衝が挨拶に来ているというオチがつくわけです。

なかなかに洒落た品選びを京博はしたものと思います。
得庵にとってみれば、ちょっと皮肉めいた逸話にもかかわらず出品を承諾した野村美術館側の心意気も感じます。

 

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種村肩衝(野村美術館図録より)

 

ところでこの種村肩衝には、昭和時代のエピソードよりももっと不可思議な伝説がまとわりついています。

出雲松平家の松平治郷(不昧 1751-1818)が入手する前、江戸時代初期、この茶入の持ち主は狩野探幽(1602-1674)だったと言われています。
1657(明暦3)年、江戸を明暦の大火が襲った際、探幽はこの名物茶入を紛失してしまいます。
ところがなぜかそれを当時京都所司代だった牧野親成(1607-1677)が発見し、探幽に送り届けたという逸話です。
このエピソードから種村肩衝は「都帰り」の別銘をも帯びることになりました。

しかし、よく考えてみると変な話です。
江戸の大火事で無くしたのに遠く京都で発見されたというミステリー。
大江戸の火事場で落とされたわずか8センチ余りの小さい茶入を、その価値を知る誰かがたまたま拾い、わざわざ京都まで運んだとはとても信じられません。
大火の混乱の中、たまたま京都行きの飛脚がこれを拾い、都の商人に引き渡したという伝承もどこか作り話めいています。
ひょっとしたら、京都でも多くの仕事をこなしていた探幽ですから、実は大火の時ではなく、在京時、すでにうっかり紛失していたのではないか。
そんな勘繰りをしてみたくもなります。

探幽は、名の知れた茶入を失くしたとあってはみっともないので内緒にしていたところ、大火が起きたのを良い口実と考え、この際、白状してみたということは考えられないでしょうか。
この将軍家お抱えの大絵師による名物遺失の申告が京都に伝わり、どこかで探幽紛失の茶入を拾って隠し持っていた何某かが、大事になるのを気にして、所司代にお畏れながらとこっそり返戻した、というような推理妄想が浮かんできます。

茶入というのは素人の私が見ると、どこがそんなに価値があるのかよくわからないところがありますが、こういうエピソードが付加されると、やや見る眼が違ってきてしまいます。
茶入に限らず、ある種の茶道具というのは由来、来歴、丸ごと含めての芸術です。

種村肩衝は東山七条に出張中ですが、野村美術館では現在「深まりゆく秋」と題した秋季特別展が開催されています(12月5日まで)。
中でも鼠志野茶碗「横雲」は、茶人たちをめぐるエピソード類を抜きにしても純粋に素晴らしいと感じられる茶器です。
実物は写真などよりもはるかにグレーの色調が鮮やかで、灰色の中に黒や青が倍音のように響き合う景色は見事という他ありません。
「畠山記念館の名品」展から、はしごするのも面白いと思います。

 

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