金森宗和好みの仁清茶入|京都国立博物館 新収品展より

 

 

特集展示 新収品展

■2023年6月13日~ 7月17日
京都国立博物館 (平成知新館 2F)

 

先日まで開催されていた特別展「親鸞」から、秋の「東福寺」展(10月7日〜12月3日)までの端境期。

現在、京博ではコレクション展が開催されています。

令和3年度(2021年から22年)にこの博物館が購入あるいは寄贈を受けた新収蔵品が披露されていました。

 

www.kyohaku.go.jp

 

国立文化財機構のHPに公開されている、令和3年度に京博が購入した作品は以下の8点です。

なお、公表対象は「160万円以上」が条件となっていますので、この金額未満で購入された作品の情報は公開されていません。

また、当然、寄贈品は含まれていません。

 

・「北野本地絵巻断簡」(重美) 66百万円

・岡田半江「住吉真景図巻」 (重美) 88百万円

・英一蝶「吉野・龍田図屏風」 110百万円

・太刀 銘(菊紋) 和泉守来金道 2.5百万円

野々村仁清「褐釉撫四方茶入 」 16.5百万円

・団扇形散らし文様摺箔 8.8百万円

・文字入花折枝文様帯 3.3百万円

・花鳥虫籠文様振袖 1.65百万円

購入文化財に関する情報 | 国立文化財機構

 

令和3年度における各国立博物館の購買状況をみると、一番目立つ買い物は、東京国立博物館による、かつて滋賀栗東にあった蓮台寺旧蔵の「金剛力士立像」でしょうか。

約5億円で美術院から買い上げ、実質この一点で当年度予算の大半を費消したとみられます。

他方、京博は絵画から工芸まで比較的バランス良くお買い物をされているようです。

 

因みに昨年の「国宝 東京国立博物館のすべて」展でも披露されたこの東博自慢の「金剛力士立像」は、もともと、昭和9年室戸台風で破損した状態だった蓮台寺仁王門力士像を当時の美術院が引き取っていたものです。

昭和45年、京博で開催された特別展出品の際、仮組展示されたのち、以後、長年ここに保管されていました。

蓮台寺→美術院→京博での仮展示と保管→美術院での修復→東博、で、最終的に5億円。

ある破損文化財がたどった蘇生への旅路とその「旅費」を公開情報から知ることができます。

生々しい余談はこのくらいにしておこうと思います。

www.tnm.jp

 

さて、京博のお買い物について、です。

洗練された近世大坂画壇のセンスを示す岡田半江の「住吉真景図巻」や、大画面に吉野と龍田の春秋を情報量満載に描き込んだ英一蝶の屏風など、見どころが多い絵画作品も素晴らしいのですが、今回の購入品の中で一番惹かれた逸品は仁清のとても小さい茶入でした。

「褐釉撫四方茶入」。

この作品は昨年秋に開催された「茶の湯」展ですでに公開されていましたから、今回、早速の再会ということになりました。

 

野々村仁清「褐釉撫四方茶入」(京都国立博物館)

 

高さ9.7cm、口径3.2cm、胴径4.4cm、底径3.0cm。

縦長の非常にスマートな形状をした茶入です。

なめらかに深みをたたえた釉の色と、まさに「撫でる」ようにかけられたそのデザインセンスが素晴らしく、時代を超越したモダン性を感じます。

京博の解説によれば、『松屋会記』の1648(慶安元・正保5)年、3月25日の条に、この作品とよく似た「トウ(胴)四方」型の茶入を使った人物のことが記されているそうです。

その茶人とは金森重近(1584-1657)、宗和です。

 

宗和好みの器として一番有名な作品は、彼が眠る菩提寺、天寧寺が蔵する「銹絵水仙文茶碗」でしょうか(京博寄託)。

「姫宗和」とよばれたこの人によるプロデュース力が典型的に反映された優美な茶碗です。

 

野々村仁清「銹絵水仙文茶碗」(天寧寺蔵)

 

今回新蔵された「四方茶入」にも、とても洗練されたセンスを感じますが、花などの具体的なイメージが含まれていない分、さらにモダン性が強く現れているようです。

松屋会記』がわざわざ「トウ四方」とその形状を特記していることから、当時としても珍しい姿の茶入として認識されていたのでしょう。

宗和が仁清にこの茶入を作らせたという直接的なエヴィデンスは確認できないようですが、『松屋会記』の記述からみて、「トウ四方」が宗和好みであり、仁清がその意向を受けて制作したことが強く類推されるようです。

 

スラリとした全体像なのに、独特のまろやかな印象も感じられます。

これも京博の解説によれば、この茶入は、まず轆轤で円筒形に土を挽き、それを四方向から押さえた後、面どりをするという手間がかけられているそうです。

 

仁清は、華麗な壺の数々などに代表される色彩豊かな作品で有名ですけれども、この「四方茶入」は色を制限し、極端にシンプルなデザインで仕上げられています。

「侘び寂び」の世界とは一味違う、「引き算の美」が見てとれるようです。

この美意識を仁清に伝えた人物が金森宗和ということになるのでしょう。

単に優美さだけではない、宗和の現代にも通じる感性が伝わってくる小品です。

とても素晴らしいお買い物だと思いました。

 

さて、この新収品展では、購入品とともに、個人などから新たに寄贈された作品も数多く披露されています。

中には近世あたりまでを主な守備範囲としている京博の収蔵品とするにしてはやや異例とも思える作品もありました。

「白寿斎コレクション」としてまとめて寄贈された近代京都画壇絵画の数々です。

都路華香の気宇広大な「閑雲野鶴」や中村大三郎の怪作「鸚鵡小町」など、迫力ある大作の中にまじり、異様な風情を醸す一幅、梥本一洋の「秋の夜長物語」がありました。

 

「秋の夜長物語」は、比叡山の桂海律師(後の瞻西上人)と聖護院の稚児梅若との悲恋を描いた有名な男色系古典物語を題材に、1919(大正8)年、一洋が描いた作品。

第一回帝展に出品された画家の自信作です。

もともと三幅対の掛軸なのですが、京博が新蔵したのは中央の一幅で、入水しようとする梅若の姿が描かれています。

思い詰めた少年が浮かべるなんとも言えない苦悶の表情とそれに重ねられるように浮かぶ菩薩の微笑み。

幻想と官能が織り交ぜられた大正期京都画壇らしい色気が漂っています。

 

実は、もともと、この画を左右から挟んでいた二幅は、現在、京都国立近代美術館が所蔵しています。

左に山籠し梅若を想っている桂海、右には梅若を因として起こった延暦寺との抗争で三井寺が炎上してしまう光景が描かれています。

いっそのこと、今回新蔵された中央の画も京近美に収蔵された方が良かったようにも思えますが、寄贈者の意向等もあるでしょうから、仕方ありません。

文字通り「なき別れ」のようになってしまった三幅対。

「秋夜長物語」らしい成り行き、といえるかもしれませんが、おそらく将来、京博か京近美で三幅が揃った形で展示されるのではないでしょうか。

気長に期待しています。