藤田美術館では現在「月」をテーマとしたコーナーが設けられていて、国宝からユニークな武蔵野図の屏風まで、実に贅沢な空間を楽しむことができます。
(「月」のコーナーは2022年11月1日〜2023年1月31日の展示)
最初に展示されているのは詩画軸の名品「柴門新月図」。
1405(応永12)年に描かれたもので、この種の作品としては最古例とされます。
画面上部2/3を占める夥しい賛は南禅寺に関係する僧17名によるものですが、画を担当した人物は特定されていません。
1952(昭和27)年、国宝指定されています。
杜甫の詩に因んでいて、自宅の前から友人を見送る場面が描かれています。
この詩画軸は、賛を書いた僧たちが友人の僧に贈るために企画されたものなのだそうです。
室町時代の「寄せ書き」といったところでしょうか。
とても小さい画なのですが、柴垣や竹林に見られる構図の妙や、月明かりそのものを感じさせるような陰影表現など、見飽きることがない作品です。
国宝 柴門新月図 | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM藤田美術館 | FUJITA MUSEUM
およそ3ヶ月単位で館蔵品を順次繰り回していく藤田美術館。
2022年4月のリニューアルオープンより、曜変天目や玄奘三蔵絵といった名宝が次々と展開されてきましたが、ついに絵巻の至宝「紫式部日記絵巻」が登場しました。
今回は「月」がキーワードなので、十六夜の舟遊びが描かれた第ニ段とそれに接続する第三段が披露されています。
ご参考までに、「第ニ段」に対応している日記の原文は以下の通りです。
またの夜、月いとおもしろし。
ころさへをかしきに、若き人は舟に乗りて遊ぶ。
色々なる折よりも、同じさまにさうぞきたるやうだい、髪のほど、曇りなく見ゆ。
小大輔、源式部、宮城の侍従、五節の弁、右近、小兵衛、小衛門、馬、やすらひ、伊勢人など、端近くゐたるを、左宰相中将、殿の中将の君、誘ひ出でたまひて、右宰相中将に棹ささせて、舟に乗せたまふ。
片へはすべりとどまりて、さすがにうらやましくやあらむ、見出だしつつゐたり。
いと白き庭に、月の光りあひたる、やうだいかたちもをかしきやうなる。
国宝 紫式部日記絵詞 | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM藤田美術館 | FUJITA MUSEUM
1008(寛弘5)年9月、中宮彰子が産んだ敦成親王(後一条天皇)誕生を祝って藤原道長が催した一連のセレモニー。
その内、16日に行われたという貴公子と女房たちによる舟遊びの様子が描かれています。
銀が使われたとみられる月は酸化して黒く変色してしまっていますが、画面右上でその姿をくっきりと主張し、舟に乗り込んだ女房たちの顔も隈なく写し出しているようです。
いくつもの視点が画面の中で交差している不思議な絵でもあります。
背景の池や土坡を眺めるアングルよりも舟の中はやや高い角度で眺められていることに加え、舟着場と見られる寝殿の端はさらに急角度でとらえられているので、遠近のバランスが奇妙に歪んでいるようにも感じられる。
ところがそのことによって画面の中に微妙な緊張感と動きが生じ、雅な風情に一層の華やぎが与えられているように見えてきます。
これは一種のキュビスムではないか、とすら思わせるような斬新さが非常に魅力的な作品です。
あらためてじっくり鑑賞することができました。
とにかく混雑とは無縁の鑑賞環境が素晴らしい美術館です。
日月秋草図 | 藤田美術館 | FUJITA MUSEUM藤田美術館 | FUJITA MUSEUM
それと、「日月秋草図」。
初めて観ました。
六曲一双、結構大きな屏風です。
左隻の端に「住吉内記具慶筆」と署名落款があるのですが、住吉具慶が描いたとは特定できないのだそうです。
17世紀に描かれた一種の「武蔵野図」です。
驚くのはその斬新なデザインセンス。
武蔵野図の場合、単純化した月を地平線すれすれに置くことがお約束ですけれど、この屏風では月が太陽と対になって同心円のような濃淡を持ち、そのサイズもかなり大きい。
ススキが縦方向の線描を主張していない中、さまざまな草花が実に緻密に描かれ配されています。
様式美に写実のリアルが絶妙に結合していて、これならやや暗めなトーンで統一されたモダンリビングにも置けそうな雰囲気。
抑えられた室内照明の中、シックに輝く金地も美しい傑作でした。