川内倫子展と中村貞以特集|滋賀県立美術館

 

2023年初春、滋賀県美が企画展と常設展で、それぞれに興味深いアーティスト二人をとりあげています。

 

企画展
川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり

■2023年1月21日〜3月26日

rinkokawauchi-me.exhibit.jp

 

常設展
シュウカツ! 収集活動より―女性を描く中村貞以―

■2023年1月31日〜3月12日

www.shigamuseum.jp

 

 

 

川内倫子(1972-)の個展は昨年、10月8日から12月18日まで、東京オペラシティ アートギャラリーで開催されていた企画の巡回です。

初台と瀬田。

今までこうした共催関係はなかったように記憶しています。

とても珍しい組み合わせ。

川内が滋賀県出身ということも当然に企画面で影響したのでしょうけれど、昨年リニューアルした滋賀県美の新鮮な意欲が伝わる好企画だと感じました。

 

「だし」が効いている写真。

川内倫子が創造した写真の多くを観て私が感じる誤解混じりの印象です。

しかも、その「だし」は、キリッとした鰹節系ではなくて、昆布主体の、どちらかというとぼんやりした旨みを大事にしているような味わい。

原色のどぎつさ、対象物の生っぽさをふわりと包み込みこんで、まるで「かど」をとるようでいて、実は素材の真の姿をしっかり投影しているような映像。

激しい閃光を放つ炎をとらえたような写真でも、シャープさと色彩の鮮やかさの奥にどこか優しい暗闇の深さが伴っているように感じます。

 

 

「M/E」には、Mother,Earthといった意味が込められているのだそうです。

母性、大地、地球といった、ちょっと間違えると、とてつもなく通俗的ないやらしさにまみれてしまいそうなキーワード。

個別の作品にみられる、子供や花、小動物といった対象も、取り扱いを誤ると、鑑賞者の表面的な微笑に直結したあげく、それで完結してしまう危険きわまりないモチーフです。

しかし、極上の眼による「だし」の使い手、川内倫子はたくみにそうした素材を洗練された光彩の世界に取り込んでしまう。

雪の結晶や氷が、ミクロの質感を失わずに、どこか温かみを含んだ冷たさのような表情を見せる不思議。

彼女の写真からは、時間的な移ろいと空間的なあわい、その両方が奇跡的に両立しているような気配が漂ってきます。

時空自体のもつ味わいをとらえることができる、稀有な才能と感じました。

 

 

中山英之による展示空間のクリエイションも写真作品を単に手際よく陳列するというレベルを遥かに超えています。

一見微温的な川内作品がもつ豊かで深い世界をさらに立体的に緩急のリズムをつけてデモンストレーションしていく手腕に驚きました。

特に、休憩コーナーの外に置かれた山焼きの写真。

滋賀県美自慢の池泉庭園との見事なコラボ。

これは初台では実現できない、瀬田ならではの素敵な光景だと思います。

 



 

他方、常設展では、こちらも滋賀県美にしては意外な画家が特集されていました。

川内倫子とはまったく関係ありません。

 

近代大阪画壇の人、中村貞以(1900-1982)のミニ特集です。

 

2017年、この美術館がリニューアルに備えて休館している間に個人(柳重之氏)からまとまった貞以のコレクションが寄贈されたのだそうです。

今回はその初披露企画。

27点、全てが女性を描いた作品です。

 

偶然なのか意図されたことなのかわかりませんが、現在、大阪中之島美術館で開催されている「大阪の日本画」展(1月21日〜4月2日)では、この画家が大正期を中心として描いたエキセントリックな女性像が、師匠北野恒富の名品などとあわせて紹介されています。

どこに焦点をあわせているのかわからない三白眼の異様な女たち。

エロティックというより、異次元的メンヘラ系ともいうべき独特の表情をもった中村貞以の描く女性像は、恒富や甲斐庄楠音、岡本神草、島成園、梶原緋佐子といった画家と共通する、この時代特有のグロテスクさを帯びていて、おそらくしばらくの間、これからさらに人気が出そうなのですが、この画家は一瞬のうちに消え去った大正デカダンの時代を超えて、昭和の後期まで息長く活躍した人でもありました。

今回の特集では、メンヘラ的大正期作品も数点ありますが、大部分が、昭和以降の新古典的なあっさり系の作品。

しかし、後年、毒が抜けてしまって、なんとなくつまらない絵が多くなってしまった師匠恒富や甲斐荘楠音あたりと比べると、中村貞以は、80歳を越えた晩年まで独特の「線」の魅力を保っていた画家でした。

ヴァイオリニスト辻久子を描いた一枚や、最晩年の「海女二人」などをみると、的確に筆を省きながら、対象が放つ厳しくも美しい存在の力を写しとっていて、魅せられてしまいます。

「大阪の日本画」展でみられる貞以の凄みとはまた違った魅力を堪能することができると思います。

 

なお、川内倫子展は撮影OK(ただし動いている画像は不可)、中村貞以特集はNGです。

 

nakka-art.jp

 

(補足)

現在滋賀県美の常設展で展示されている中村貞以の「お杉お玉」「お玉」(大正期の作品)は、3月14日から大阪中之島美術館「大阪の日本画」展で出張公開されます。