本願寺展、ではない「親鸞展」|京都国立博物館

 

親鸞聖人生誕850年特別展 親鸞 ー 生涯と名宝

■2023年3月25日~5月21日
京都国立博物館

 

京博の上杉智英研究員が、図録の中で、この展覧会の特色を端的に説明しているので、少し引用してみます(P.15)。

「本展では何よりも親鸞自身が親鸞を語るものとして、その自筆を多く展示するように努めた。」
「(中略)このように一見、地味で素朴な本展ではあるが、実はこの素朴さこそ、造像起塔、尽善尽美の作善を諸行として否定し、私がそのままで、念仏一つで阿弥陀仏に救われるという親鸞の教えの本質に由来するものであり、それを如実に反映するものであることを特筆しておきたい。」

まさにこの通りの内容で仕上げられた展覧会です。
ビジュアルの美しさよりテキストの迫真性。
そして、「信仰」そのものの重視。
単なる親鸞生誕アニバーサリー企画ではない、奥深いユニークさが感じられる特別展でした。

www.kyohaku.go.jp

 

どっさりと親鸞、そして彼にゆかりのある人物たちによる文書が展示されています。

私自身は、浄土真宗と関係はありませんし、親鸞その人への興味もあまりないという、かなり場違いな鑑賞者なのですけれど、それでも、ここまで古人の手による文字を見せられると、何か胸に迫るものがあります。
親鸞自筆による浄土三部経への註釈や、主著『教行信証』といった文書にみられる筆致は、極めて独特です。
左右に広がりをもたせながら、やや細めの中庸な線で書かれた親鸞の文字は、美しいというより、異様な集中力と、その信念によって真理を切り開らこうとしているかのような「鋭さ」に特徴があるように感じられました。

国宝の文書類は鎌倉時代、13世紀に記されたものです。
高級な紙が使われているわけではありません。
それなのに、親鸞が推敲を繰り返した跡までヴィヴィッドに残る、その保存状態の良さに驚きます。
いかに宗祖の自筆が大切にされてきたか、多くの争乱に関係したこの宗派の歴史を考えると奇跡的に残された文書類です。

宗旨として、目に美しい仏像や絵画を重視しなかったとはいえ、近世以降、巨大な門徒集団を形成した西本願寺東本願寺は、寺内に豪華で美しいビジュアル系の文物を多数有しています。
特に西本願寺には、「三十六人家集」をはじめ、平安時代に遡る国宝の数々が伝来し、今回もその一部が展示されています(期間中、数回、展示替があります)。
また、幕末に焼け落ちてしまったものの、東本願寺には、明治京都画壇の巨匠たちによる豪華な襖絵や衝立が新造されていて、望月玉泉による巨大な瑞鳥の図などが出展されています。
しかし、それらはこの展覧会における主役では全くありません。
あくまでも「ゲスト」として招かれているといった位置付けなので、華麗な平安料紙の美しさ等を主目的に鑑賞すると、かなり期待外れな展開になると思います。

西本願寺」展でも「東本願寺」展でもなく、この企画は、「親鸞」展なのです。

 

 

展覧会のフィナーレ、出口近くの展示室には親鸞の御影とされる非常に有名な絵画が出展されています(これも展示替えが頻繁に行われるので注意が必要・メインビジュアルに採用されている国宝「安城御影副本」は4月2日までです)。

異様な方法で展示されています。
室内の照明は暗く落とされ、親鸞像と「名号」、二幅の掛軸のみにスポットライトが淡くあてられています。
他には何もありません。
二つのさほど大きくもない作品を展示するためのスペースとしては広すぎるのです。

なぜこんな展示演出がなされているのでしょうか。
その答えは、この展覧会が、一般の「鑑賞者」だけではなく、「信仰者」も対象にしているから、だと思います。
3月下旬から西本願寺東本願寺親鸞生誕850年を祝う「慶讃法要」を盛大に開催し、両寺には多数の参拝者が連日訪れています。
親鸞展」は、京都に多くの信者たちが参集しているこの時期に、まるでタイミングを合わせるかのように開催されています。

京都国立博物館の大和大路側に開かれた西門(正門)は、通常、クローズされています(つい最近まで開放されていたのですが、コロナ以降の入場者激減によるものなのか、経費削減なのか、常時閉鎖扱いになってしまいました)。
ところがこの西門が、今回「団体」専用の入り口として限定的に開かれています。
貸切バスが門のすぐ近くに乗りつけられ、続々と門徒の皆さんとみられるグループが入場していました。
普段、大型の特別展でもこのような措置はとられませんから、京博側が明らかに「親鸞展」に際し、配慮したものと考えられます。
最終展示室内の親鸞像前に作られた無闇に広い空間は、こうした信仰者の方々がたくさん一度に入室し、宗祖像を鑑賞、拝礼することを想定し、用意されたのでしょう。
(私が観たときは、この展示室内に誰もいませんでしたので、推測ではありますが)

ところで、かつて梅棹忠夫は、東本願寺前で不自然に湾曲する烏丸通が作りだす門前の「空間」について、こう述べていました。

「あれは、宗教のもつ巨大な動員力に対する、都市交通の実際的配慮であったのだ。」と。(角川ソフィア文庫梅棹忠夫の京都案内』P.266)

その烏丸通の湾曲空間は、「慶讃法要」に合わせるかのように「お東さん広場」(市民広場の名称として公募の結果こう決まったそうです)に姿を変え、今では遠方から来た門徒の皆さんを乗せた貸切バスでいっぱいになっています。
京博もこの「巨大な動員力」をしっかり考慮したようです。

 

www.city.kyoto.lg.jp

 

ただ、一般鑑賞者(私もその一人です)にしてみると、信者グループの賑やかな皆さんたちとかち合ってしまうと辛いことになるかもしれません。
グループ客と一緒にならないように鑑賞する決定的な解決策はありませんが、次善の策としては、なるべく遅い時間帯を選んで入館することでしょうか。
16時すぎ頃になると、さすがにシニア中心の貸切バス系グループは少なくなるのではないかとみてはいるのですが.....
ただ、膨大な量の展示品なので、鑑賞時間は2時間はみておく必要があると思います(私は3時間近くかかりました)。
あまり遅く入りすぎると17時30分の閉館まで、かなり忙しいことになるので注意が必要です。
こういう企画に限って、「夜間開館」をどうして京博は実施しないのか、そこがちょっと残念なところではあります。

本願寺派大谷派だけではなく、高田派や佛光寺派など、真宗十派の有名寺院がその垣根を越えて多数の寺宝を提供。
京都ではなかなか目にすることができない関東各寺からの彫像作品も出展されています。
よほどのことがない限り、今度は生誕「900年」まで接することができそうにない規模の「親鸞展」です。

 

慶讃法要が開かれている東本願寺御影堂門