D.シュミット「書かれた顔」のレナート・ベルタ

 

ダニエル・シュミット(Daniel Schmid 1941-2006)の「書かれた顔」が4Kでレストアされ、渋谷のユーロスペース他、各地のミニシアターで公開されています。

 

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「鷺娘」ではじまり「鷺娘」で終わる約95分。
映像自体をこれほど「味わえる」映画も珍しいと思います。

1995年制作の作品です。
当時、咽頭癌に冒され、発声にも苦労していたというダニエル・シュミットは、やや抑鬱状態にあり、映画制作も停滞していたようです。
そこへユーロスペース堀越謙三が声をかけ実現したのがこの映画。
シュミットはこの後、長編では「ペレジーナ」(1999)を撮ったのみで、2006年には他界してしまいますから、結果的にとても貴重な晩年の作品が日本で撮られたということになります。
なお、この映画の制作については、堀越謙三の『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』 に裏話が詳しく掲載されています。

さて、「書かれた顔」、とにかくその映像が素晴らしいのです。
撮影は、シュミットの盟友ともいうべきレナート・ベルタ(Renato Berta 1945-)。
2021年に実施されたレストア作業にはベルタ本人が監修として参加していますから、四半世紀以上の時を経て、今、その真の美観が再現されたといえるのかもしれません。

人工的なきつい照明は極力排除されています。
暗めの場面では、感度が当然に落ちますから、画像の粒子が粗くなってしまうのですが、ベルタは、その少しざらついた画像の質感すら官能的な映像として仕上げてしまいます。

大野一雄が夜明けの東京湾を背景に踊る有名なシーン。
類例のない「青」の官能が画面を深く覆います。
ベルタの最高傑作といっても良い映像ではないでしょうか。

作品そのものは、「人生の幻影」(1983)、「トスカの接吻」(1984)と続いた、シュミット独特の「虚実混淆型ドキュメンタリー」系につらなっています。
どう見ても30代にしか見えない主演の坂東玉三郎は、当時、45歳頃。
歌舞伎役者として、身体能力と芸が最高のレベルで合一し、仕上がっていた時期かもしれません。
現在は、人間国宝らしく「型」が出来上がった話し方をする彼ですが、この映画の中では、ときどき「素」を、飾り気なく現しているようにも見えます。
ただ、シュミット映画ですから、どこまでが本当の玉三郎なのか、安直に判断はできません。

この映画によって、その最後の舞い姿がとらえられたといわれる武原はんの仕草。
亡くなる前年の映像となってしまった101歳の蔦清小松朝じによる三味線芸。
大野一雄の舞踏とともに、今となっては、とんでもなく貴重な映像が記録された映画でもあります。

シュミット流のドキュメンタリー手法が最も典型的に示されている部分は、杉村春子が登場するシーンかもしれません。
いかにもドキュメンタリー風の彼女へのインタビュー映像に、昔、この大女優が主演した映画、成瀬巳喜男の「晩菊」の回想を絡ませています。
「人生の幻影」でダグラス・サークを撮ったスタイルとよく似ています。
驚くのは、そのインタビュー映像と、あえて別に撮られた、杉村春子が「立ち去って」いくところを写したシーン。
もはや失われてしまった、過去の女性しか表すことができない品のある仕草がとらえられているのですが、このシーンになると、途端に映像自体の質感が上がるように感じられるのです。
まるで、画像自体の「格」が上がったかのように。
レナート・ベルタの秘術による効果が、ほんの短い場面ですが、非常によくわかる部分です。

「書かれた顔」は、ドキュメンタリー系の作品ではあるのですが、私には、ダニエル・シュミットが、一番シュミットらしかった時代の作品、すなわち「今宵かぎりは・・・」や「ラ・パロマ」の残影が色濃く反映されているようにも思えてなりません。
「アマポーラ」が流れる中、漂うように踊る大野一雄
「今宵かぎりは・・・」での旅芸人たちのパフォーマンスや、「ラ・パロマ」の中でイングリット・カーフェンが歌う「上海」のシーンがすぐに連想させられます。
全体に漂う、ねっとりと流れる時間の空気。
宍戸開と永澤俊矢によって演じられる挿入劇(「黄昏の芸者」)にみられる極端にわざとらしい人工的な演出。
ラ・パロマ」の世界観と共通する要素が多々感じられると思います。

シュミットは、「季節のはざまで」(1992)の頃にはすっかり毒が抜けた懐古趣味的な監督になってしまった印象があります。
しかし、この「書かれた顔」には、70年代前半に濃厚だった、他に類例がない「シュミット色」が、奇跡的に復活しているように感じられるのです。

ただ、なんといってもこの作品の、シュミットとベルタが創造した最美の場面は、終盤、たっぷりとらえられた玉三郎による「鷺娘」の舞でしょう。
舞踊のアーティキュレーションに絶妙に寄り添いながら、日本人が撮る手法とは明らかに違うリズムで、身体と衣装、そして舞台そのものを濃厚に写しとっています。
この最後の数分間は、そのまま最高の舞台芸術映像として公的にアーカイブ化されても良いくらい、圧倒的なクオリティをもっていると感じます。

ダニエル・シュミットの作品は、「ヘカテ」などの例外を除き、レストアはおろか、Blu-ray化すらほとんど進んでいないと思います。
いまだに画質の悪い「ラ・パロマ」のDVDを手放せずにいるという状況はなんとかしてほしいと思っているのですが、今回、突然、4Kレストアされた「書かれた顔」でちょっと希望をもちはじめています。

 


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