ダニエル・シュミット「デジャヴュ」のキャスト陣

 

マーメイドフィルムとコピアポア・フィルムの配給によりダニエル・シュミット(Daniel Schmid 1941-2006)監督の過去作2本が各地のミニシアターで再上映されています。

まず「デ ジャ ヴュ」(Jenatsch  1987)を鑑賞してみました。

schmidfilms.jp

 

4Kや2Kの表記がありませんがデジタルリマスター処理は行われたようです。
その効果は明瞭でスイス山岳地帯の壮麗さや車窓からの情景にみられる陰影深い美しさなど、レナート・ベルタ(Renato Berta 1945-)による見事な撮影術を堪能することができると思います。

かなり昔に一度観たことがある映画です。
ただ、「今宵かぎりは・・・」や「ラ・パロマ」といった70年代シュミットの代表作や「トスカの接吻」「人生の幻影」と続いた幻想ドキュメンタリー映画の魅力にすっかりハマっていた時期に接したこの「デ・ジャ・ヴュ」については、正直あまり良い印象が残っていませんでした。

「ヘカテ」によって既にアート系から一度商業映画系に移行していたとはいえ、このあまりにもシュミットにしては「普通」に撮られた作品については随分と肩透かし感を覚えたことを記憶しています。

今回の再上映を観ても全体的な印象はさほど変わらなかったのですけれど、この映画に登場するキャスト陣の素晴らしさや面白さは格別であったことに気がつきちょっと驚いています。

 

シュミットらしく過去と現在が混淆する幻想的なストーリーをもった作品です。
しかし映画的なわかりやすさを中途半端に意識しているために、「ラ・パロマ」等でみられた不気味に魅力的な世界観が後退しているように感じられます。
テンポ良く進行しているようでいて説明的な描写が多いためか97分とさほど長尺ではないにも関わらずなぜか長く感じてしまう映画です。
ピノ・ドナッジオの手による生ぬるい音楽にも魅力を特に感じません。

 

しかしキャスティングについては絶妙に魅力的な俳優たちが起用されているので不思議と特定シーンの印象はスポット的に記憶に残る面白さがあるのです。

ほぼ出ずっぱりで主役であるフリー・ジャーナリスト役を演じるミシェル・ヴォワタ(Michel Voïta 1957-)は神経質さとどこかまだ学生っぽさが抜けないような若々しさが同居していて、突然日常の中に出現する17世紀人たちに翻弄されていく様を見事に演じきっていると感じます。
その恋人ニナ役を演じたクリスティーヌ・ボワッソン(Christine Boisson 1956-)も小悪魔的な魅力を放ちつつ、微妙に主人公をイラつかせる存在としてヴォワタからさまざまな表情を引き出しています。

 

ただ「デ・ジャ・ヴュ」におけるキャスティングの妙はこの二人よりも脇を固めたベテラン陣にあるといえるかもしれません。

主人公を過去の世界に引き込んでしまうトブラー博士を演じたジャン・ブイーズ(Jean Bouise 1929-1989)は「ヘカテ」においてニヒルなフランス大使役を好演していましたが、この映画でもその独特の面長な顔を活かしてミステリアスな存在感を漂わせています。

 


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歴史上実在した人物であるイェナチュを演じているのはヴィットリオ・メッツォジョルノ(Vittorio Mezzogiorno 1941-1994)。
ほとんどセリフではなく眼と髭をたくわえた口元だけで古風に野蛮な17世紀人を再現しています。
ハーヴェイ・カイテルから野生味を希釈し冷酷さを加えたようなその表情は一度みると忘れられない印象を残します。

 


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渋い男性脇役陣も素晴らしいのですが、なんといってもこの映画最大の魅力はイェナチュの仇敵であるフォン・プランタ家の過去と現在における女城主を演じたキャロル・ブーケ(Carole Bouquet 1957-)とラウラ・ベッティ(Laura Betti 1927-2004)でしょう。

ブーケは撮影当時30歳くらい。
ブニュエルの「欲望のあいまいな対象」に登場したときの彼女がもっていた透き通るような神秘的美しさはさすがに減じているものの、その代わりにゾッとするような魔性美が加わっています。
彼女の登場は後半のごくわずかなシーンに限られ、しかも一言もセリフを発っしません。
しかしその視線だけで主人公を一気に虜にし彼の前世と今世を禍々しく接続してしまうのです。
実質的には端役に近い時間しか与えられていない存在なのにアートワークのメインビジュアルになっていることも頷ける圧倒的な美しさに息を呑みます。

他方ラウラ・ベッティは60歳になったところでしょうか。
かなり太っていて例えばかつてパゾリーニの「テオレマ」でみせたような陰影深い表情は消え、無機的なほどにたっぷりとした面相。
その代わりなんとも捉えどころのない、有無を言わさぬまさに女城主的貫禄があり「過去と現在」を一身で混淆させてしまう迫力をもっています。

その他、女城主に仕える老婆や村の居酒屋の女将などに「ラ・パロマ」の世界から地続きに登場してきたかのような人たちが顔をみせてくれます。

シュミット映画において代表的な立場を占める作品とまではいえませんけれども、熟考の上に選ばれたのであろうキャスト陣の演技をたっぷりと味わえるという意味では観て損をするレベルの映画ではないといえそうです。

 

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