シュルレアリスム100年の北脇昇

 

シュルレアリスム」は、ある意味、その「始まり」を比較的はっきり示すことができる芸術運動といえるかもしれません。
この言葉をアンドレ・ブルトン(André Breton 1896-1966)が『シュルレアリスム宣言』の中で定義した年である1924年からちょうど100年を迎えた今年は、「シュルレアリスムと日本」展(板橋区立美術館京都文化博物館三重県立美術館)といった画期的な展覧会が開催される等、20世紀前半のアートに甚大な影響を与えたこの潮流を回顧する様々な企画がみられました。

そして現在、東京と京都、二つの国立近代美術館がこの「シュルレアリスム100年」を意識してコレクション展示の中でそれぞれにミニ特集を組んでいます。

www.momat.go.jp

www.momak.go.jp

 

二つの会場に共通して登場している日本のアーティストがいます。
北脇昇(1901-1951)です。

先述した「シュルレアリスムと日本」展では彼の代表作の一つ「独活」(1937)がキービジュアルとして採用され大活躍していました。
京都や三重での巡回展示を終え、所蔵館である東近美に帰還した現在、MOMATコレクションとして第5室で公開されています(12月22日まで)。

 

北脇昇「独活」(東京国立近代美術館蔵・同館内で撮影)

 

「独活」は北脇かね未亡人が1960(昭和35)年、一括して東近美(当時は「国立近代美術館」)に寄贈した多数の北脇作品の中の一枚です。
東近美は、1953(昭和28)年、これも彼の代表作である「空港」(1937)を早くも購入していました。
購入前年の1952(昭和27)年と53年の2回、東近美は「空港」を同館で紹介しています。
そうした縁もあって未亡人による一括寄贈がこの美術館になされたのかもしれません。
現在でも北脇昇最大級のコレクションは東近美にあります。

しかし、よく知られているように、北脇が活動の拠点としていた場所は専ら京都でした。
北脇は名古屋市に生まれていますが、幼い頃に京都へ移り、同志社中学を中退した後、まず鹿子木孟郎(1874-1941)の洋画塾で学び、ついで津田青楓(1880-1978)の画塾に通うことになります。
この津田青楓の弟子だったことが北脇のその後に大きな影響を及ぼしました。
青楓はシュルレアリストではなかったのですが、プロレタリア運動に関与していたため、1933(昭和8)年に検挙され、画塾も解散してしまいます。
このとき北脇は塾生たちをまとめあげた上で、須田国太郎(1891-1961)を指導者に迎え「独立美術京都研究所」を四条河原町に設立。
京都における反官立系洋画グループの中心的存在として活躍していくことになりました。

かね未亡人による北脇作品の東近美への寄贈は前述の通り1960年です。
後に京都国立近代美術館として独立する「国立近代美術館京都分館」の創設は1963(昭和38)年ですから、結果として京都所縁の画家であるにも関わらず、北脇の作品群は京近美ではなく、東近美に数多く残されることになったということなのでしょう。

ただ、京近美も京都の近代洋画界に大きな足跡を残した北脇昇を軽視してきたわけでは当然にありません。
1995年、「秋の脅威」(1940)を購入。
以来、ほぼ唯一の館蔵品としてたびたびコレクション・ギャラリーで展示しています。

 

北脇昇「秋の脅威」(京都国立近代美術館蔵・同館内で撮影)


今回の2024年度第3回コレクション展では、これも同館自慢のマックス・エルンスト作品と並んでシュルレアリスム100年を記念し「秋の脅威」が披露されています(12月1日まで)。
タイトル自体がとても魅力的です。
空に浮かんでいる木の葉のようなモチーフは実際に植物の葉に絵の具を塗って押し当てられたもの。
それを犬の遠吠えに見立てていると解釈されています。
「独活」や「空港」も北脇独自の「見立て」が不可思議な不安感をかきたてる作品ですけれども、この「秋の脅威」もじっと観ていると、何やら不穏な胸騒ぎがしてきます。
それほど大きい作品ではないにも関わらず、画面から漂う異様な気配にのみこまれ、しばらく絵の前から離れられなくなってしまうのです。

さて、北脇昇のシュルレアリスム絵画の中でもっとも有名な作品の一つが、これも東近美の所蔵する「空港」でしょう。
「空の訣別」等にも使われた、画家お得意のモチーフである楓の種が飛行機に変容され、別のなんだかわけのわからない植物が管制塔として描かれている、これぞシュルレアリスム絵画といえる作品です。
100年記念の展示において東近美はひょっとすると「独活」よりも「空港」の方を竹橋で展示したかったのかもしれません。
でも、この絵画は現在、大阪に出張しているのです。
大阪中之島美術館で開催されている「TRIO展」において、ジャン・フォートリエ「森」(パリ市立近代美術館蔵)と吉原治良「菊(口)」(大阪中之島美術館蔵)と組み合わされて展示されていました(12月8日まで)。
TRIO展は三つの近代美術館があるテーマに沿って、作品を原則三点セットで展示するという企画です。
「空港」と他の2作が組み合わされたテーマは「戦争の影」でした。

nakka-art.jp

 

たまたま同じような時期に三館を巡って出会っただけなのですが、シュルレアリスム100年となる記念の年、北脇昇による3枚の傑作が、東京・京都・大阪で同時に公開されたことになります。
偶然なのか、必然なのか、いずれにせよ面白い体験でした。

 

北脇昇「空港」(東京国立近代美術館蔵・大阪中之島美術館「TRIO展」で撮影)